イ 大連合に参加する民族の範囲
多極共存の第2の問題点は、比例制の原理に関わるものである。多民族国家において、どこまでの規模の民族を意思決定に参加させるかという問題である。つまり、分配されるポストの定数が10である場合、国民に占める割合が10%より小さな規模の少数民族は、ポストを受け取ることができないのである。多極共存が良好に機能するには、できる限り多くの少数民族が意思決定過程に参加する必要があり、そのためには定数を増やさなくてはならない。しかし、定数を余りに増やすことは意思決定過程を複雑化させる危険性を有し、また限りなく定数を増加させることにもなりかねないのである。こうした問題に対しては、意思決定過程に参加できない少数民族の代表をオブザーヴァーとして参加させるという方法なども考えられるが、当然のことながら、抜本的な解決には至らない。
6 多民族性を維持する方策(4):文化的自治 Cultural Autonomy
文化的自治を提唱した代表的な人物であるオーストリアの社会民主主義者、K.レンナーによれば、文化的自治とは、民族に最も深く関わる文化に関する事項をその他の事項から分離し、文化的事項に関しては各民族に自治を与えるというものである。多極共存とは、メンバーシップの次元で自治を付与するという点で共通しているが、多極共存が、少数民族に対して政治的事項に関してまでも自治を与え、また意思決定過程に参加させるのと対照的である。
歴史的には、19世紀後半から第1次世界大戦終了時まで存在していたオーストリア=ハンガリーの上部の地域レヴェルにおいて1部が導入された経緯があるが、短期間の実施のままで第一次世界大戦に突入してしまったために、現実の評価は未だ明らかではない。また、ハンガリー議会において、1998年に制定された少数民族法にもその影響がみられる。
(1) 文化的自治と個人的原理
レンナーは、領域的次元における自治の付与が、結局のところ、領域の支配を巡る民族間の対立に繋がることを考慮し、民族の本源が、どの地域を支配するかにあるのではなく、各成員個人の結合体であると考え、個人的原理によって構成される民族に自治を与えるという意見を展開した。それによる自治は、文化的な事項に限られるとはいえ、芸術・文学のみならず、教育にも及ぶことになる。そして、国内のどこに居住しているかと無関係に、各民族に対して、文化的事項に関して排他的な立法・行政・司法権限を与えるというものである。すなわち、各民族は、それぞれの文化において平等であり、他の民族の文化による支配から保護されるのである。