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それに対する対応として、レイプハルトは、複数の争点を組み合わせることで、それらを相互の譲歩で一度に解決する方法、そして、決定を引き延ばすことによって交渉者間の親密性を増加させ、相互拒否権の発動の可能性を減少させるという方法を挙げている。

最後の区画の自律性とは、多民族国家においては、各民族がそれぞれ排他的に関わる分野において、各民族に自治を与えるというものである。国家全体や各民族に共通の関心事項については、比例制原理によって配分された影響力を有する各民族の間で調整がなされるが、それ以外の事項は、各民族に委ねられるのである。

これらの特徴を持つ多極共存の一部は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの休戦協定となった1995年12月のパリ条約の内容にみることができる。

 

(2) 多極共存の問題点

 

本稿で紹介してきたレイプハルトによる多極共存には、モデルとしていた国家の多くにおいて多極共存が崩壊しており、現在、数々の批判が挙げられている。他方で、レイプハルトは、それらに答えることなく、比較的安定性を維持している多民族国家に多極共存的要素を見いだし、多極共存の有効性を主張しようとしている(4)。さらに、その用語の使用にみられる荒っぽさに多くの指摘がされているが(Lustick,pp.100-108)、ここではそれに触れることはせずに、以下の2点を指摘するにとどめたい。

 

ア 少数派の専制

 

前述のように、相互拒否権は、少数派の専制に繋がる危険性を内包しているが、レイプハルトはそれを過小評価しているようである。このことは、多極共存がエリート間の協調を条件としているために、多極共存が維持される限り、少数民族の代表者が、国家全体の安定性を危うくするまでに拒否権を行使することはないという楽観的な暗黙の前提に立っているためであろうと思われる。すなわち、少数派が、多極共存の安定性を損なうまでに拒否権を行使するならば、多極共存の条件そのものが消滅するのである。したがって、社会的な分裂度が高い社会においては、安定した多極共存は成立し得ないのである。社会的な分裂度は計測困難な尺度ではあるが、それでも相対的に比較すると、低度の分裂社会では多数決主義が、中度では多極共存が安定性という点で優るが、高度な分裂社会にはどちらも有効ではないとされる(Montville,ed.,p.96)。さらに言えば、社会的な分裂度が高まる動きに対して、多極共存はそれを制御する術を持たないのである。

 

 

 

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