したがって、構成単位内における民族間の緊張とは無縁である。しかしながら、そうした構成単位と、他の構成単位との意見が対立した場合、あるいは連邦政府との意見が対立した場合、当該構成単位のバランスシートは、連邦への残留から連邦からの離脱へと傾く可能性があるのである。当該構成単位が経済先進地域であるケースなど経済的条件が離脱に有利であるならば、連邦離脱はより一層現実化してくることになろう。
イ 当事者の明確化
各民族の成員が集団としての民族に対して有する共属意識である民族意識は、平時においては、それほど表面化していないというのが常態である。民族間の何らかの緊張や対立原因が存在することにより、各成員は、自民族への帰属意識、同胞との連帯意識を高めるのである。他方で、これらの意識が高まるのと比例して、他の民族の成員を民族的同胞から峻別するという意識も明瞭になってくる。
連邦制には、こうした「彼我意識」が、一層昂進される可能性が存在する。すなわち、分散居住型の多民族混住国家は別として、各民族がコンパクトに居住している多民族混住国家では、彼我の心理的境界が明らかになるに従って、連邦制を採用しているがゆえに、各構成単位の中心的な民族が、それぞれの構成単位を自民族の構成単位と見なすようになってくる。構成単位間に画定された地理的境界と意識の上での境界を同一視する傾向が生まれてくるのである。
こうした心理状態におかれた民族は、一方で自民族のものと見なす構成単位内において、多民族性を除去する方策を開始する。見なし上の自民族の構成単位を、現実の自民族の構成単位としようとするのである。他方で、構成単位間の関係では、より自民族中心的な行動を見せていく。すなわち、地理的次元における自治付与のメカニズムを連邦制が有しているがゆえに、各構成単位が各民族に代置され、当事者が明確にされてしまうのである。ユーゴスラヴィア内戦の例では、クロアチアが、一方で国内の有意な少数民族であるセルビア人に対する同化などを試み、他方でクロアチア人の国家として行動していくのである。
5 多民族性を維持する方策(3):多極共存 Consociation
連邦制が、地理的次元において政治的権限や自治を付与するのと対照的に、多極共存は、メンバーシップの次元において少数派に自治を与えるものである(2)。
多極共存は、相対的に社会の分裂度が高いヨーロッパの小国、オーストリア、オランダ、ベルギー、スイスにおける民主制の安定性をモデルとしたものである。多極共存が生まれる条件は、論者によってさまざまであるが(3)、エリート間の協調が最も重要であろう。そのことは逆に、エリート間の調整が不可能になったときに、多極共存がその機能を失うことをも意味しているのである。