しかし、実際には、今述べたような国家の目的に資するような地方制度を創設することは容易なことではない。本調査研究の対象国のうち、ポーランドのような均質的な社会から成り立っている国を除いて、ほとんどの国々では、異なる言語、宗教、歴史をもつ多様な民族から成り立っており、これらの民族はそれぞれ独自の文化伝統を有している。
そもそも近代における国家形成(nation building)は、このような多様な民族を統合し、それを1つの国家システムのなかに組み込むことによって、成し遂げられてきたといってよい。体制移行諸国の場合、一応、多様性を取り込んだ民主的なシステムが新たに形成されているとはいえ、まだ、その統合の程度は充分強固とは言い難く、各民族という国内のサブ・システムは、つねにその独自性を主張し、自治を求め、ときには分離独立を要求する。しかも、こうした傾向は、なにも一国内の事情から発生するとは限らない。例えば、ハンガリーのように、ポーランドについで比較的均質的な社会からなる国においても、隣国に住む同じ民族との関係からそうした事態が惹起される可能性もある。したがって、体制移行諸国のほとんどの国々にとっては、少なからず、国家の統合をいっそう強固なものとしていくことが第1の課題である。
さらに、ひとつの国家が国民の生活水準の向上を目指して経済的に成長するためには、制度が、国民各自のもつ潜在的なエネルギーを引き出し、それを経済発展へと結びつけていくうえで充分なものでなければならない。もとより、対象国のほとんどが、そうした発展を希求し、さらにはEU(欧州連合)への加盟をめざし、体制の転換をしたわけだが、経済発展のためには、国内のさまざまな資源を効率的に結合し、その活用を図ることが重要となる。それには、部分にとらわれず、国全体を視野に入れた、効率的な経済発展を実現することが第2の課題である。
以上のように、この2つの課題は、体制移行諸国にとって共通した目標であるが、このような多様な要素を内にもちながらの国家の統合と効率的な資源利用による経済発展を、それぞれの地域の自発的な協力によって、しかもそれを安定した制度に基づいて実現することは、現状においては期待できそうにもない。それゆえ、体制移行諸国の国々において、そうした課題を解決する仕組みである地方制度はもとより、その他の諸制度も、いきおい集権的にならざるをえないのである。
(2) 地方制度の性質
本調査研究で取り上げた諸国では、国土全域において有効な統治を行い、行政サービスを供給するために地方制度を有している。それらの多くの国では、そのために、国による「地方行政」の制度と同時に、限定された範囲内ではあるが、自己決定権を認める「地方自治」の制度も存在している。いずれの国においても、一定の自治権が憲法及び名称はさまざまであるが基本法たる地方自治法によって制度的に保障されている。