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「リエンツィ」日本初演に寄せて

総監督 畑中良輔

 

リヒァルト・ワーグナーの名を一躍世界的なものとした「リエンツィ」は、日本では序曲がよく演奏される割に、上演のほうはなかなか実現しませんでした。日本における“ワーグナー熱”も年毎に昴まり、日本人には上演不可能とさえ云われた「ニーベルングの指環」全4部作の完全上演さえ日本人の手で成し遂げています。ワーグナー全13曲中、第一作「妖精」と第三作「リエンツィ」だけがまだ日本で上演されていなかったのです。

このオペラは世界の歌劇場でもしょっちゅうやられている演目ではありません。ウィーン国立歌劇場でも昨秋、何と63年ぶりの蘇演を果たしたばかりです。これに触発されたか、急に各歌劇場で上演プランがたてられているようです。

「ワーグナーをワーグナーたらしめた」このオペラがこれまで何故あまり取り上げられなかったか。ワーグナーの本家、バイロイトでも上演されていないのです。それはまず制作にあたって厖大な費用がかかり、その資金調達という現実問題が立ちはだかって来ます。200名近い群衆、市民たちの衣裳、履物など、考えるだに頭の痛いことばかりです。「リエンツィ」は市民劇なのです。オーケストラも普通の編成では間に合いません。創立25年を迎えた《藤沢市民オペラ》も、これまでその特性を生かして、「ウィリアム・テル」の日本初演、続いて「アイーダ」「トゥーランドット」と合唱が主導力を握るオペラ上演を重ねて来ました。

いまや「オペラの藤沢市」と呼ばれるまでに成長して来、地域文化の旗頭として、文化の一極集中に対し、一石を投じて来ましたが、これらを支えてきたのは、湘南の合唱団の結集力と《藤沢市民交響楽団》の自発的協力あっての舞台なのです。このオケとコーラスの“熱い心”あってこそ、藤沢市民オペラは存在するのです。みんなプロではありません。勤めや家庭を持たれた人達が土曜、日曜返上で猛訓練を重ねています。

この長い期間の練習を導びいてくれている副指揮の方々、そしてマエストロ若杉弘さんの情熱的な指導を御覧になったら、さだめし驚かれるでしょう。外国歌劇場やオーケストラで常任指揮をつとめて来られた世界のワカスギが、ここでは、一人一人、ていねいに指導しているのです。そして練習のたびに団員の中からすばらしい音楽を紡ぎ出していくさまは、奇蹟としか呼びようのないものです。みんな魔術にかかったようにその棒に導びかれて、実力以上の事が出来てしまうといった“おどろき”が日々の練習にあるのです。合唱は更に“暗譜”という大事な苦役が待っています。そしてその上に“演技”があり、演出の栗山昌良さんの忍耐強い指導のもと、それぞれの役が、かたちを整えて来ます。覚えた筈の音符が、動いた途端、一言も出ないという光景がしょっちゅう起こって来るのです。しかしオペラへの情熱がすべてを支えます。ワーグナーのこの圧倒的な音響世界の中で、苛酷なまでの稽古はやがて花を開き、苦しみをよろこびに変えていくのです。

また独唱陣も、湘南在住の方も多く、それに《藤沢オペラ・コンクール》入選、入賞の方々も適した役があれば出演を御願いしています。今回もコンクールで藤沢にお馴染みになった方々の出演もたのしみのひとつです。

藤沢市民会館も30年を迎えました。この時代各地に新しいホールが次々に建てられていますが、この壮年期を迎えたホールでは、藤沢でなければ出来ない内容と水準の高い舞台で、オペラに、演奏会に、世界に向けて発信を続けたいと思っています。

リエンツィの栄光と挫折は、現代社会の縮図とも解釈できましょう。このホールがワーグナーの音たちで充たされるこの日、日本で初めての「リエンツィ」の幕開けを御期待下さい。関係者力の限りを盡しての公演をどうぞ心からあたたかく迎えていただけますように。

 

 

 

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