A:非入浴日 B:入浴日 平均値±標準偏差
*p<0.05 **p<0.01 ***p<0.005 ****p<0.001
IV 考察
日本人にとって入浴は不可欠な習慣であり,しかも日本人の場合,浴槽内に肩までつかる入浴法,すなわち全身浴が伝統的に好まれ一般的である。そのため在宅や施設における入浴サービスでも全身浴が普及しており,患者も当然ながらそれを望んでいる。近年,福祉サービスの向上により巡回車を使った在宅での入浴サービスが普及し,また施設内でも寝たきり患者の入浴が積極的に行われている。その結果,看護婦をはじめ保健婦や介護職員などが入浴前後には必ず血圧を計るようになり,われわれ主治医もその際の異常値について助言を求められることが増えてきた。そうした背景には,寝たきり患者に対する入浴の効果や安全性についての情報がきわめて少ないことが関係しているからであろう。寝たきり患者の多くは高齢であることや,脳血管障害等の基礎疾患を有していることなどから,循環および体減調節能の減弱が予想される。したがって入浴,とりわけ全身浴に伴う血圧変動も大きくなり,また血液粘度の増加も考えられる。一方その有用性については,既に慢性心不全や心筋梗塞等における改善効果が血行動態面から報告されている2)が,安定した寝たきり患者に関する検討は,宮尾ら3)の報告以外みられず,今後適切なアドバイスを行う上でも本検討は重要であろう。
今回検討に採用した入浴温度は,当院での入浴時における設定温度である39〜40℃とした。入浴はその温度により,低温(≦33℃),不感浴(33〜37℃),中温(38〜41℃),高温(≧42℃)に分けられ,各々で人体に及ぼす影響が異なるとされている。高温浴では交感神経刺激による血圧・心拍・血漿カテコラミンの増加がみられ4)、日本人は高温浴を好み,そのため温泉地での脳卒中や心筋梗塞の多発も指摘されている5)6)7)。一方,低温浴でも血管収縮作用のため循環器疾患を有する患者には好ましくない4)。本調査における設定温度は,人体に最も負担の少ないとされる中温浴4)であったが,その結果は,宮尾ら3)の報告と同様に,急性効果として収縮期血圧で平均15mmHg,拡張期血圧で6 mmHgの一過性の上昇を認め,出浴後は急速に低下し,その効果は非入浴日と比べる24時間にわたり引き続きみられた。したがって,その後も効果がみられた可能性が示唆され,24時間後についてもさらに検討が必要であろう。
ところで白倉ら8)は,脳血管後遺症男性5例を対象として温泉浴(42℃,10分,16:00)後の血液粘度と日内変動を検討したところ,淡水浴に比して4:00〜12:00に至る時間帯での血液粘度の有意な上昇と,深夜〜翌朝8:00にかけての血圧低下傾向を報告している。高温浴では血液粘度の上昇の他,血圧低下,線溶系の抑制,さらには血小板機能亢進状態の出現など,血栓形成に傾きやすいことが指摘されている8)9)。また老年者では体内給水分量,特に細胞内減量の減少がみられ,体温・口渇中枢の機能低下,水分・電解質の調節障害もきたしやすく,容易に脱水や血減濃縮が起りやすいであろう。そこで,寝たきり患者の入浴に際しても,こうした42℃を越えるような高温浴は避け,降圧剤服用についても十分に配慮し,夜間の血液粘度上昇を予防する意味で,睡眠前には水分摂取を行うなどの注意が必要である。本検討では,中温浴を採用し,しかも入浴前後の20分での効果しかみなかったためか,血液粘度の指標としてのヘマトクリットには有意な変化はみられなかった。
次に,入浴による心臓への負担はどうであろうか。