家族発症7組(A〜G)は各家族2人ずつ発症し計14人,同僚発症1人(No.8),他の5人は未治療で他院も受診せず(いずれも漁業関係者)。
その他,慢性疾患通院者で8月17日昼食の卵で夫婦各1回,下痢をしたとの食中毒報告あり。
治療は補液を行い殆どの症例で改善した。点滴中の抗生物質はイセパシンを使った。
考 察
平成8年,病原性大腸菌O157の集団食中毒が発生して以来,細菌性食中毒には特に注意をしていた。高齢者の高血圧症や整形疾患を主とする慢性疾患患者が中心の診療所では,急性胃腸炎患者の発生は通常ではないことだった。
積極的に便細菌の培養,同定を行った結果,腸炎ビブリオが10例に陽性であったが,その症状から腸炎ビブリオが陽性であろうと思った症例は他に10例(No.4,6,7、10,12,23,24,25,31,32)だった。
それらから菌検出ができなかったのは菌量,発症からの経過時間,検体採取方法,検体提出までの経過時間(休日2日間をおいて提出――No.23,24)等が関係していたと思われる。
症例No.11は,当日の便の量が少なすぎると思い翌朝,便を採って検体を提出し,当日分では腸炎ビブリオ陽性で翌日の検体では陰性であった。
腸炎ビブリオは3%食塩を好み,病原性のある好塩性菌の代表的な例であり,1〜数日間隔で断続的に発症したため,海産物による二次感染や原因食品に何らかの関連がありそうに思えた。比較的狭い地域の住人で,散発でありながら小集団食中毒とも思える。
症状では粘血便を訴えた者はNo.3のみで,旅行中に:発症したNo.23,No.24も,No.23の症状が激しく粘血便を呈していたが,患者自身の訴えはなかった。
旧式便所の構造のためか,患者の注意力が低下している可能性もあるのではなかろうか。
屎尿を汲み取り式便所より取り出し畑に捲き,その用具を海に近い川口で洗う者もたまにはいる土地でもあり,海水の汚染の可能性もある。
いずれにせよ腸炎ビブリオ食中毒の経過は,すべて軽症で心電図等,他の精査を要することなく回復した。
次に病原性大腸菌O1(ベロ毒素陰性)陽性例を平成9年夏期,平成10年夏期に計5例経験した。平成9年,平成10年の症例に養護学校勤務者が存在し,何らかの関連がありそうに思えるが,平成9年のA家族の両親とも便細菌は陰性なのである。子供3人の内,2人が無症候性陽性者で,いわゆる保菌者であったが3人とも短期間に除菌できた。
平成10年に発症した2症例(No.21,26)とも抗生物質が有効に作用して除菌されるまでは,いったん症状が改善しているにも拘らず再発症していた。特にNo.21は痙攣,意識喪失(昏睡か――伝聞のため不明)があり救急担送され,退院後,再度発症し頭痛が強かった等の脳症状があった。
腸管出血性大腸菌,病原性大腸菌O157:H7による脳症の発生に関しては,多数の文献があり,ベロ毒素により溶血性尿毒症症候群(HUS)の20〜30%に脳症が発症するといわれている。
しかし脳症の発生には腎障害説,脳血管障害説,神経細胞障害説があるが,いずれにせよベロ毒素が関係していることは明らかだ。
この症例に関してはベロ毒素産生をしていないため,ベロ毒素によるものとは考えられず,この患者の長引いた経過と脳症状が病原性大腸菌O1(ベロ毒素陰性)による症状なのか,または
1] 4月に転職したことで体重減少を併うほどの精神的ストレスがあり,過呼吸症候群の誘因になった。
2] 止痢剤を投与された。
3] 小柴胡湯を内服したため血清カリュウムの低下を誘発した。
4] 体調不良に遠距離通院や整体等で過労が重なった。
5] 下痢が続き脱水症状をおこしていた時に早期の補液ができていなかった。
3] ひょう疽の処置をうけ,消炎鎮痛剤と抗生物質の投与をうけた。
等の誘因が考えられる。
またベロ毒素陰性であっても,病原性大腸菌O1が除菌されないまま保菌者の状態で再度,体調により脳症をおこしてくるのか,今後,他の病原性大腸菌O1の食中毒症例の検討を待ちたい。
その他,公衆衛生上,知識があるために菌が検出された後の煩わしさを考えて検体を意図的に提出しないことが今後おこり得ると思われる(No.22)。