その検討には,対象地域内の学童に対する栄養調査と,その比較対照が重要な情報を提供してくれると考えられる。しかし,対象地域内での成人および学童の栄養調査報告は皆無であるため,本稿では平成7年度の新潟県民栄養調査の対象地域区分の5つの範疇,すなわち,平場農村,中山間農村,市街地,家内工業,そして漁村のうち,本研究対象地域の漁村地域と農村地域とに,ほぼ生活様式と立地条件の面で最も類似していると思われた漁村と平場農村について,今回のツ反陽性率の地域格差と栄養素との関連について,推論を試みた。
新潟県民栄養調査の漁村地域,平場農村地域,そして県平均,および全国平均の成人一人一日当たりの各栄養素摂取量のうち,エネルギー,タンパク質,脂質,炭水化物,カルシウム,そして鉄の摂取量を表6に示した。これらの栄養素のうち,漁村と平場農村との比較ではタンパク質摂取量が,それぞれ84.5gと75.7gを示し,最もその栄養素の摂取量の差が大きくなっていた。この原因として,食品群別摂取量の調査から,魚介類(生物)での,一人一日当たりの漁村108gと平場農村58日の摂取量の差50gが,確実にタンパク質摂取量の差に反映していたと考えられた。
栄養とツ反の関連性では,発展途上国のエネルギー・タンパク質不足の栄養失調児にツ反減弱〜消失者が多いと報告されている4)。また,動物実験ではタンパク質単独でも,その欠乏時にはツ反が減弱〜消失することが明らかにされている5)。他方,タンパク質源になる食品群に多く含まれている亜鉛等の微量元素がツ反などの遅延型皮膚反応と関連を有している,との報告もある6)。県民栄養調査での漁村と平場農村の栄養素摂取状況が本研究対象地域の漁村と農村の大人達にも普遍性を有し,大人の食習慣等が学童達にも反映し,ツ反陽性率の地域格差につながった,との推測も可能である。つまり,ツ反陽性率の地域格差が,発展途上国でのエネルギー・栄養素の量的不足とは,明らかに異なるタンパク質・微量元素等の質的不足の地域格差から生じていた可能性も考えられる。
今回の疫学研究におけるツ反陽性率と栄養との関連性の示唆は,結核予防に対する公衆衛生上のみならず,免疫学的および栄養学的観点からも興味深い意義を有すると思われた。
稿を終わるにあたり,本研究に御協力を頂きました関係各位に厚く,お礼申し上げます。
なお,本論文の内容の多くは,日本公衆衛生雑誌の著者の原著のなかで7),既に報告している。
引用文献
1) 森亨:結核の予防-BCG接種・化学予防-,臨床と微生物;24:53-61,1997.
2) 阿彦忠之,佐藤廣治:山形県におけるツ反応・BCGのサーベイランス,厚生の指標39:19-25,1992.
3) 船川幡夫,他:方法及び技術的基準-栄養,(財)日本学校保健会編,児童生徒の健康診断マニュアル;1:16-17,1996.
4) Elliott A,et al:Tuberculin sensitivity in rural Gambian children. An Tropical Paediatr;5:185-189,1985.
5) Mcmurray DN,Yetley EA:Immune responses in malnourished guinea pigs.J.Nutr;112:167-174,1982.
6) Golden MHN,et al:Zinc immunocompetence in protein-energy malnutrition. Lancet;i:1226-1227,1978.
7)田中敬三:新潟県の学童のツベルクリン反応に関する疫学的研究,日本公衆衛生雑誌;45:863-869,1998.
(寺泊町国民健康保険診療所 〒959-0161 新潟県三島郡寺泊町大字竹森1267)