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る中で、充分に自分探しする経験が有るか無いかは、人工内耳を装着しはじめてからの心理的安定にも大きく関わっていると思います。

 

同障者との交流と障害受容

詩人で書家の相田みつを氏の詩に「途中にいるから中ぶらりん 底まで落ちて地に足が着けばほんとうに落ち着く」というのがあります。「聞こえていた自分」と「難聴になった自分」、どちらの自分にもなりきれず、その間で揺れ動き迷い乱れてしまうことは、聴覚障害だけでなく中途障害者共通の苦しみなのかも知れません。「底まで落ちて」というのは、“欲や見栄を捨てありのままに自分を受け入れたとき”という意味で、どちらの自分が上か下かといった話ではもちろんありません。地に足を着け、ほんとうに落ち着くことは実に難しいことです。

これこそ、体験した方にしか本当のところは理解できない領域のことだと思います。もし私自身がその立場に立ったときに、聞こえなくなった自分を“当たり前の私”として受け入れられるかどうか確信はありません。ただ、困難なことではありますが、障害を負ってからもそれを受け入れ、積極的に自分らしく活躍してらっしゃる難聴の方がいらっしゃるのも事実です。

以前、難聴のことで困りだしてから4年以上(平均17年7月)を経過し、引きこもりから脱却し、様々な社会的活動に参加されている20代から70代までの中途難聴者38名(男9名、女29名)を対象に、アンケート調査を行ったことがあります。その中に「難聴になって以降で、新たに友人ができたきっかけを教えて下さい」という質問がありました。そして、その問いに対しては32人から回答がありました。結果は、「積極的に工夫しながら友人作りをした」という方はわずかに3名(9.4%)だけで、「仕事を通じて」とか「子どもを通じて」などの回答も多くありませんでした(21.9%)。そして最も回答が多かったのは、手話講習会や読話サークルなどの「同障者との交流」であり、実に68.8%が友人のできたきっかけにあげていました(図2)。これはもちろん難聴者としか交流をしないという意味ではありません。その後の様々な交流の契機になったという意味です。

 

図2 友人ができるきっかけ

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私の相談事例の中に、補聴器の使い方や読話、筆談などを通じて職場からの信用を回復した中度難聴の方がおられました。その方が聴覚障害者のための手話講習会に通いだしたころ、その講習会を「ほっとできる場所」とおっしゃったことを良く覚えています。きっとその方にとって、手話講習会は新たなコミュニケーション手段を学習すると言うこと以上に、同じ障害の仲間との交流がスタートしたということに意味があったのではないかと思います。

講習会の仲間の中には、聞こえないながらも既に社会で活躍している人生のモデルとなる先

 

 

 

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