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応を考える場合に問題となるのは、年令の上限をどこに置くかということですが、我々は80歳の方にも人工内耳手術を受けて頂いて、とても良い成績を得ています。一般に高齢者の人工内耳の成績が、より若い人たちに比べて異なるのかどうかについては、未だにはっきりとした結論はでていません。しかし、我々の集計では高齢者は人工内耳だけを用いての多人数との会話や、騒音下での会話など条件の悪い幾つかの状況下で若干、より若い人に比べて不自白を感じる度合が強い様ですが、それ以外の普通の条件下での使用感や語音の弁別成績では差がありません。したがって、高齢でも本人の意欲が充分あり、手術に耐えられるだけの体力があれば人工内耳は積極的にすすめられ、事実上適応年齢の上限は無いと考えています。

(2)どの程度の難聴の人が適応になるか

人工内耳の出現は、難聴者の医療において画期的な事で、たとえ難聴が進行して補聴器でコトバが判らなくなっても、後に人工内耳が控えているという安心感ができました。そして、以前は、聾あるいは補聴器で「全く効果がない」場合に人工内耳の適応とされていましたが、その後の人工内耳の進歩で、少しくらい補聴器で聴こえていても人工内耳の方がよい成績になる場合がでてきました。そこで、補聴器と人工内耳の境界線をどこに引くかが問題となってきました。この点について平成10年の日本耳鼻咽喉科学会のガイドラインは、成人の場合「90デシベル以上」を人工内耳の適応基準としています。つまり、90デシベル未満が補聴器、90デシベル以上から聾までが人工内耳の受け持ち範囲とされたのです。

この基準は、現在の補聴器と人工内耳でそれぞれどの程度コトバの理解ができるかという成績に基づいています。現在、我々の施設で人工内耳手術をした成人中途失聴者でコクレア社のSPEAK方式を使用している患者さんの手術後の平均的言語理解力は、口元を見ずに肉声で、人工内耳からの音だけでテストした場合、母音弁別(あ、い、う、え、お)が94%、子音弁別(か、さ、た、ぱ、だ、など13種)が59%です。つまり、現在の人工内耳の性能では、静かな所で、肉声で相手の話を聞くと、平均的にはおおよそ7割くらい聞き取ることができるという事になります。虎ノ門病院の熊川先生の報告では、テープに録音した音声で単音節、母音、単語の弁別検査を行い、SPEAK方式の人工内耳使用者は80から85dBの聴力レベルの補聴器使用者と同程度の語音聴取能をもっとされています。これはいろいろな施設の補聴器と人工内耳の成績を総合してもほぼ同じ結果になります。これより軽い難聴のひとは補聴器の方がコトバがよくわかり、90デシベルをこえる難聴になると人工内耳の方がよくわかる事になります。これは、純音聴力を指標にした目安ですが、語音聴力検査では人工内耳でSPEAK法を使っている人の平均は、先程の熊川先生の報告では31%くらいになっています。安全を見込んでも、補聴器の使用で語音弁別能が20%を切ってくれば、やはり人工内耳を考えて良いと思われます。

この、人工内耳使用者の話音弁別能の検査結果が31%くらいであるという事と、静かな所なら話が7割くらいわかるというのは一見大きな差があるように思えます。しかし、語音聴力検査は「あ」とか「か」というように単音節を別々に検査し、しかもテープに録音した声を使います。一般にテープに録音した声よりは肉声の方が聞き取りやすく、また日常の会話では話の内容により、少しぐらい聞き取れない音節があっても前後関係から判断して適切に理解できる事が多いので、実際のコトバの理解は語音弁別能の検査結果の数値より良くなるのです。

 

 

 

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