●水の経絡図調査
15年前に水俣市の吉本哲郎さんに出会った。最初は地元商店街の再開発などのコンサルとして水俣市にいった。とにかく一番高いところに行きたい、ということで、地元の人もあまり登ったことのない大関山水俣最高峰に行った。そして流域という視点で水俣を見た。水俣という行政区域が一本の川の流域にある。詳しく言うと「集水域」となっている。食べ物より大切な水を一つの自治体が運命共同体として共有している。
そこで水にまず注目して見てみた。集水域は自然の境界でもある。本流などあまり大きな範囲ではなく、支流域での共同体などとしてみてみた。水俣に限らず日本全体にもいえる。日本は山がちな国土。日本の骨格の一つである水に注目した。流域全体の雑排水が問われたりする。山間地は集落毎に一つの水源を共有。自家水源を3つ持っているという家庭もある。古い家ほどいい水源を持っている。自家水源、簡易水道水源、上水道と近代化されるにしたがって、水がまずくなる。暮らしと水の間の無関心が起きてくる。
水神へのお参り、感謝の気持ち、汲み置き、水質、感謝の気持ち、水温や濁りなど、水への意識が高いのが自家水源の家。水道はとりあえず蛇口をひねれば水が出る。
飲み水だけでなく農業用水も調べた。古い水田と新しいのは、農村集落の水路を調べれば簡単に分かる。
本流に直接用水路を引いているのは面積が広いが一番近代の水田。昔は用水路に水を引くのに石を積んでいた。今はコンクリート。九州の梅雨は、ザーザー雨。大雨の度に石積みの舟堰の流される本流に対し、制御しやすい支流がある。中でも、山の辺の小さな水源を利用した、いわば毛細血管の部分を利用して作っていたのが古い水田。農業用水の古い、新しい、に気付かされた。
行政地域は行政が決めた区域であり「水俣市民」という意識がある人はあまりいない。大字という地区があって、そのなかに更に字がある。それがコミュニティーになっていて、これがムラ。「村」は行政区。「ムラ」が地域の単位。もちろんこれは姿を変えていく。この「ムラ」で村八分とか、結いやもやいがなされている。
水俣川の流域全体から、支流域。農業用水、それなら生活用水はどうかと言うことで吉本さんの自家水源から田んぼまで、(昔は竹の樋、今はホース)台所、風呂なども調べてみた。風呂は直接谷に流れる。台所は外流しを経て池に一回入ってコイやフナが残飯を食べもう一回自家水源である谷の本流に流す…油をたくさん使う料理や高蛋白、合成洗剤等を使わなければコイが浄化してくれる仕組みになっていた。その谷の水がその下手にある自分の田んぼに流れ、そこで作られる米を自分たち(吉本家)は食べている、と言うことがわかった。
東京の水も見た。東京は案内するのに非常に苦労する。水俣川は22キロであったが、多摩川だけで130キロもあった。例えば、河口部に町があって中流部に…と言うように東京によく似た水俣の地区を東京でもそれを当てはめて案内してみたり、東京と水俣の違うところは?と言う風に文化比較をしてみた。
木曽川流域の益田川中流で川沿いに開けた萩原町には、一本支流で山之口川と言ういい川があった。本流は水量調節されているため死んでいる。洪水の時はダーッと水が流れ、土砂が流れるのが本来の姿。上流をダムにして貯水流量調節すると洗い流されるべき土砂も苔も流されない。ダムのある川の生態系を保持するにはブルドーザーでかき回きなければいけないのが現状だ。