あるいは高齢者・障害者・遺族に対しては生活保護給付とは別建ての差額給付(最低生活費との差額)を「公的年金」として支給することも考えられないわけではない。この場合、公的年金は制度として残るものの、現在の1階部分とは考え方も制度内容も基本的に異なることになる。
賦課方式の公的年金(「世代と世代の助けあい」の制度)に問題が多いとすれば、なぜ中途半端に1階だけを残すのか。なぜオールジャパンで大がかりな定額の公的年金を賦課方式のもとで運営しなければならないのか。
第3。2階部分の民営化で巨額資金が金融市場に一挙に流れこむ。金あまりで国内金利はさらなる低迷を余儀なくされ、金利収入を生活費の一部にあてている人(年金受給者)を脅かしつづけるだろう。高利運用は国内では期待できず、積立のメリットを活かすには為替リスクを伴う国際投資に積立資金の多くは向かわざるをえない。また貯蓄超過は対外収支黒字を継続させ、貿易摩擦をさらにヒートアップさせるだろう。2階部分の民営化はタイミングの選択問題とも無縁でない。
積立のメリットは長期間にわたる高利運用によってはじめて得られる。厚生年金基金の年間運用利回りは1996年度実績で名目2.7%にまで下がった。積立方式の厚生年金基金も現在、苦しみにあえいでいる。賦課方式の年金も問題を抱えているが、積立方式に切りかえても新たな別のリスクに直面せざるを得ず、それで「老後は安泰」というわけにはいかない。これが現実である注27)。
第4。民常化の狙いは貯蓄増強を通じて国内実物資本を増やし経済成長を促進することである。欧米の民営化論者に共通しているのは、まさにこの点にほかならない。しかるに日本のマクロ経済は今のところ貯蓄超過に悩まされており、貯蓄増強の必要性は現在きわめて乏しい。このとき積立資金の大半がマネーゲームに向かい、実物資本の形成につながらないというおそれはないのか。
第5。管理費用の増大。厚生年金の事務管理費は現在、保険料収入の1%前後にとどまっている。年金を民営化すると事務管理費は最低でも10%を上回るだろう(軍事政権下で年金民営化を強行したチリでは20%強の管理費用がかかっている)。
この問題は、とくに低所得の人にとって深刻となる。低所得の人は掛金の絶対額が元々少ない(月給10万円の人が月々5%の掛金を個人年金勘定に拠出する場合、掛金は月額5000円にすぎない)。管理費用は小口の積立資金ほど高くなるのが通例である。管理費用控除後の実質利回りは低所得の人ほど低くならざるを得ない(チリでは所得の高低により実質利回りに3%の差がついた)。
どのような改革であれ、それによって利益を受ける人がいる一方、不利益を被る人も必ず出る。不利益を被る人が出ない改革など、まずない。