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低い年金保険料を長期間納めたところで「老後の安心」を確保することができるほどの年金給付は本来、手にし得なかったはずである。しかし「食える年金を支給せよ」という国民多数派の政治的要請が強く、それを受けいれないかぎり公的年金に対する国民の信頼をつなぎとめることは事実上できなかった。結果的に各人の年金負担とは切りはなした形で年金給付が決められ、給付水準の大幅引き上げが何回となく実施されたのである。各人の納付した年金保険料は直ちに年金受給者の給付財源として支出され、その後に残った保険料だけが積立にまわされた。こうして公的年金は「世代と世代の助けあい」の制度、いわば社会的親孝行の制度となったのである注25)

このような公的年金の基本性格は、なにも日本のみに固有のものではない。欧米の先進工業国における公的年金制度はおしなべて共通の性格を有している。

さて、この社会的親孝行の制度をどうするか。年金は天から降ってこない。年金受給者が手にしている給付を賄うのに必要となる財源を負担しているのは実は受給者の子供であり孫である。国の制度であるからといって「給付は高ければ高いほど良い」などという甘えは本来、許されない。それは結果的に自分の子供や孫を重い年金負担で苦しめることになるからである。

普通の親子であれば、年老いた親には品位のある生活を期待する一方、子供には親の世話で苦労をかけたくないと願う。諸事情が変わっても普通の親子なら、その事態に適時適切に対応することができる。

普通の親子にできることが公的年金となると、どうしてできないのか。国の制度だからといって低負担と高給付の双方を両立させる魔法など、あるはずはない。諸事情が変わり、現在すぞに子供や孫の世代は公的年金のために重い負担で苦しんでいる。実際、所得税や住民税よりも高額の年金保険料を徴収されている人びとが圧倒的に多い。

現に給付水準の下方調整(切り下げ)がすでに1985年と1994年の2回にわたって断行された。苦い選択ではあったものの、国民の多数派がそれを受けいれたのである。給付水準を時代の要請にあわせて変えていくかぎり年金危機は生じないだろう。

 

2.3 年金民営化案(2階部分)への疑問

 

給付水準の調整は肥満気味の年金給付をスリムにするものである。そして、その代わりに私的年金の守備範囲を拡大するための措置を積極的に講じる。これは事実上、公的年金の一部民営化を意味している。

 

 

 

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