1.5 アメリカにおける年金改革(論議)
アメリカで年金大改革が行われたのはレーガン政権時代の1983年であった。アメリカでは1970年以降、すでに25年余が経過しているが、この間、一人ひとりのサラリーマンに着目すると総じて「成長感なき社会」がつづいている。賃金の実質アップを手にしたのはサラリーマンの2割にすぎない。残りの8割は賃金の実質ダウンないし賃金の実質的据えおきを余儀なくされた。「親の世代より豊かになれない」という思いが支配的であり、増税や社会保険料の引き上げは国民の多数派が拒否しつづけてきた。年金の世界では給付面の調整しか選択肢はなく、支給開始年齢を将来67歳に引き上げること、給付水準を引き下げること、年金保険料は12.4%(労使込み)で長期的に固定すること、などを1983年改革で決めている。
1983年改革後、アメリカでは年金制度にかかわる大改革をしていない。1996年の大統領選挙においても争点の一つとはならなかった。民主党・共和党とも年金改革を争点としないことで事前に合意していたからである。
ただしアメリカの公的年金に問題がないわけではない。消費者物価指数には技術的難点がある(とくに過大評価となっている)と指摘されており、それを年金スライドの指標とすることを疑問視する意見が多い。また年金積立金は全額が国債の引きうけに回されている。連邦財政の赤字を尻拭いするために使用されており、アメリカ経済の成長を促進させる財源とはなっていない。株式等への投資を含め、積立金の運用形態を変更すべきだという意見も多い注15)。
近年、アメリカでもっとも活発に議論されている年金問題は公的年金の民営化である。公的年金を民営化した最初の国は軍事政権下のチリであり、1981年のことであった注16)。またオーストラリアでは1986年に企業年金の設立を全企業に強制した注17)。スウェーデンでも掛金2%分の強制積立制度を2001年に創設することがすでに決められている。シンガポールでも強制積立制度(プロビデント・ファンド)が大成功をおさめた。さらに世界銀行も最近のレポートで賃金比例年金の民営化を推奨している注18)。最近におけるアメリカの公的年金民営化論は、このような海外の動きに触発された面が少なくない。
周知のようにアメリカの貯蓄率は近年、極端に低い。この貯蓄率を上昇させないかぎりアメリカの将来は暗い。貯蓄率を上昇させるためには何が必要か。公的年金民営化論者は、ここで次のように考える。すなわち現行の公的年金制度は賦課方式で運営されており、それがアメリカの貯蓄率を低下させた有力な一因である。したがって、この公的年金制度を徐々に「安楽死」させる方向を明確に打ち出す一方、強制貯蓄型の民間年金を創設すれば、貯蓄率を上昇させることができる。あわせて現行の公的年金制度における不公平・非効率もすべて解消することができる、等々注19)。