日本財団 図書館


●船喰い虫の心配ご無用

※熟田津に船乗りせむと月待てば 潮もかなひぬ今は漕ぎいでな                       =額田王=  同じく六六一年、百済救援に向かう途中熟田津(にきたづ)滞在中詠んだ歌で、『月が出て潮も満ちてきたからさあ船出しよう』という旅立ちの歌とするのが一般的解釈ですが、当時は夜 間船団を組んで航海することはなかったはずなので、海上で襖の行事をしょうとしていたのではないかとの説もあります。また、熟田津は愛 媛県松山市道後温泉に近い山寄りの地であろうとされています。港湾施設が整っていなかった頃のことですから、船は満潮時に河口をさかの ぼって係留し、満潮を利用して出航するという方法をとったものと思われます。
 広島の市街地を広島湾に向かって六本の川が流れていて、それぞれの川沿いにプレジャーボートが数珠つなぎに係留されていますが、中 には潮が引くと船底を川底に着け傾いているものもあります。そのような情景を何度か眺めているうちに、ふと万葉の時代の船もこのような 要領で係留したのだろうかと想ったりしました。「みなと」はもともと「水門」の意で、河口を少し上った静かな場所を指したのだそうで す。船を河口からさかのぼって係留した理由の一つに、船喰い虫対策があったと言われています。船喰い虫とは「軟体動物二枚貝綱無面目ふ なくいむし科」に属し、海中において木材に穿孔する木材船の大敵です。ところが船喰い虫は真水に極めて弱いことから、干潮時に海水がな くなる所まで船を引き上げて係留したのであろうという訳です。
 ところで、現在のプレジャーボートの船体はFRPでできており、船喰い虫から船体守るとの目的で河川に係留する必要はありませんか ら、場所が遠くて不便、使う機会が少ないのに管理費が高く不経済など艇所有者側の事情はあるのでしょうが、洋上において身を守ってくれ る分身同様の艇のこと、川筋等への放置係留はやめ、しっかりした保守管理が可能なマリーナ利用をお奨めします。

●隣は何をする船ぞ

※あらたへの藤江の浦に鱸釣る 海人とか見らむ旅行く我を
                    =柿本人麻呂=
〔藤江の浦で釣りをしている漁民達は、私の船を見て、旅に行くのも知らず、自分達と同様鯖を釣りに行くものと思っているのだらう〕
※いずくにか船泊てすらむ安礼の崎 榜ぎたみ行きし棚無し小舟
                       =高市黒人=
〔安礼の崎を漕いで行った小舟は、夜になったいまどこに船係りしているのだろうか〕いずれも作者は海上でたまたま出会った船や船 人に関心を寄せ、想像を働らかせています。当時の船は帆又は櫂で進みましたから、船同士が海上で出会って離れて行くまでの時間はゆっく り流れました。その間双方の船では人びとが相手船のことを想い、気遣ったことでしょう。翻って最近のプレジャーボートはスピードがありま すから、航走中は操船に神経を集中しなければならず、遭遇した他の船についてゆっくり想いを巡らせる余裕はないと思います。そこで一つ の提案ですが、。フレジャーボートの本質は『遊び』なのでスピード感にひたることも大きな楽しみではありますが、ときにはスピードを落と して普段はできない海から望む陸の景色を観賞したり、行き交う船に関心を持ってあれこれ想像してみてはいかがでしょうか。きっと新たな 愉しき発見があるはずです。
 ところで、最近船舶を利用しての密航が急増しています。周りの船に関心を持つことは密航船の 水際摘発につながる場合があります。地元 で見かけない船、船名や船籍の表示がされていない船など不審な船をみかけたときは直ちに近くの海上保安部署に通報してください。元海 上保安官からのあ願いです。



前ページ    目次へ     次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION