体育科学センター第11回公開講演会講演要旨/運動中の事故死について
これらの病気が基礎にあると,どうして運動中に急死に連るのか,その機序については尚,十分に判っていない点も多い.推定できる機序としては,冠硬化があれば運動中に心臓の局所に十分に酸素の行かないいわゆる虚血を生じ,それカヨ原因で心室細動という極めて重篤な不整脈を生じ,死に連ることが考え易い.心室細動や心室頻拍といった不整脈は致死性不整脈といわれており心臓からの血液の拍出がなくなり,脳に動脈血が行かないので死に至るわけである.若年者に多い原因疾患である肥大性心筋症でも上述の重篤な不整脈が生ずることが急死の機序として考えられている.心筋炎の後遺症でも同様な機序が働くことが推定されているが,その他,刺激伝導系の伝わり方が途切れてしまういわゆる心臓ブロックの様になり極端な徐脈や心停止の様な形になって急死することも考えられる.いずれにしても運動中の急死の機序は不整脈死であることが多い.これらの重篤な不整脈が運動中に突然起これば,目の前で倒れて直ちに心臓が止っていることが確認されるといういわゆる瞬間死の形をとることが多い.新聞紙上でしばしば運動中の急死の表現として急性心不全によると書かれているが厳密にはそれではなく不整脈死であることが多い.死亡した状況がよく判らず予想できない急死であったり,解剖してもその原因がよく判らなかった時に急性心不全死という用語が一般に用いられているが,実際の急死の機序は上述のものの方が多いことを知っておくと良い.
表3に前述の日本体育協会の研究班が集めた運動中の急死30例の剖検所見を示した.上に述べた心臓血管系の病気がやはり原因としてあげられているが,冠硬化がみつかった例の平均年令が39歳というのは注目すべきことで,本邦においても欧米なみに若年者の運動中の急死の原因として冠硬化が重要となってきていることを示している.心血管系macro異常なしとあるのがかなり多数あるが,通常の解剖では明らかな原因がみつからなかったという意味である.刺激伝導系の探索は通常の解剖では困難で,詳細な顕微鏡的検査が必要であるが,本邦の例ではそれがなされていないものが多い.東京都監察医務院の例でも刺激伝導系を詳細にみて行くとそのどこかに伝導系の断裂や変性がみられる例が多いことが報告されている3,6).脳,大動脈その他の動脈瘤破裂の原因は運動中に急に血圧が上がることが直接の機序であると考えられる.
この様に,運動中の急死の原因としては基礎に心臓血管系の異常があることが多いのは事実であるが,これらに全く異常がなくとも事故は起こりうる.その1っは熱中症である.真夏の耐久レースにおける事故はこれによることも少くない.十分に水分や電解質を補給しないで高温下で長時間運動をやっていると脱水を生じ,またナトリウム,カリウム,クロールといった電解質バランスをくずしてしまう.体温調節が効かなくなったいわゆる中枢障害の状態は回復しても脳に障害を残すことも多い.電解質バランスがくずれると前述の重篤な不整脈を生じ易い.またこれらの条件は血液の凝固能を促進し,冠動脈血栓を作り心筋梗塞を起こすという機序も推定されている.
表3 スポーツ時の急死30例の剖検所見
(東京都監察医務院昭53-57年例および全国調査)
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