体育科学センター第11回公開講演会講演要旨/運動中の事故死について
3.運動中の事故死の対策
前項で運動中の事故死の原因について述べたが,これらの原因を事前に見つけ運動の適否,または運動の方法や程度を決めることが即ち事故死の対策となる.これがいわゆるメディカルチェックである.
前述の体育協会研究班の集めた急死例の中,解剖されていないのも含まれているが生前の様子が比較的良く判っているもの43例の生前診断の様子を表4に示した.生前に疾患ありとされていたものは10人(23%)で残りの33人(77%)は事故前に病気を発見されていない.生前に診断をうけていたものでは冠動脈疾患,心肥大,その他,表に示した様な病名があった.生前に診断をうけていなかったものの中では全く無症状でメディカルチェックもうけていなかったものが28人(85%)もあり,残りの5人(15%)が症状がありながらメディカルチェックで異常を発見されていない.重要なことは無症状でメディカルチェックをうけていなかったものが運動時の事故死の多くを占めており,また症状があっても通常のメディカルチェックで異常なしと判定されているものもあったということである.このことは本邦における事故対策としてメディカルチェックが十分に行われていないことを意味している.
運動のためのメディカルチェックの本邦における実状については体力調査専門委員会が昭和57年に調査したものがある.これは運動療法や健康のための運動に比較的関心の高いいくつかの施設を対象としてアンケート調査を行ったもので,対象はA.会社診療所,医務部33,B.区立体育館,体育センター20,C.公立健康増進センター24,D.病院,クリニック20,E.体育系研究施設8,F.その他8の計113施設である.
表5に中高年者の運動のためのメディカルチェックの有無に関する調査結果を示したものは35%(39/113)にすぎず残りの65%は無しとしている.無しとしたものの多くは毎年行っている定期健康診断の結果を利用している.しかし定期健康診断には通常,運動負荷試験が含まれていない.運動をはじめる前のメディカルチェックには運動を実際に行ってみて異常の有無をしらべ,異常があったらその人に合った運動量を決めることがもっとも実際的である.表6に運動負荷試験施行に関するアンケート調査の結果を示したが,運動負荷試験の項目に未記入のまま提出した所がかなりあり72施設のみ記入してあった.未記入の所は行っていない可能性がつよく,それを考慮すると44%(50/113)においてのみ本法が施行され56%の施設では行われていない可能性が大きい.特に会社医務室や体育館において本法施行の頻度が低い.事故対策の第1としてのメディカルチェックが十分に行われていないのが本邦の実状で,これの施行を徹底することが急務であろう.
運動のためのメディカルチェックが本邦で十分に行われていない理由の1つに費用の問題がある.健康人のメディカルチェックには現行の制度では保険適用とならない.表7に費用の出所に関するアンケート調査を示したが,私費のみで支払うとした所が22%(15/67)で他の78%の所は何らかの形で公費でカバーしている.私費として,どの位の金額かというと千円単位から万円単位まで種々であるが,3〜5千円位の所が多い.自分の健康のためにはこの位の出費はやむを得ないと考えるべきか,公費で負担できる様な制度が望ましいのか速断はできないが,少くとも現況ではある程度の自己負担でも自分で自分の健康を守り事故を防止する気持を強く持つ必要があろう.
メディカルチェックといってもその内容は通常の健康診断に運動負荷試験を加えたものを考えておけば良い.表8にその内容と手順を示しておいた.
表4 スポーツ時の急死43例における生前診断
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