体育科学センター第10回公開講演会講演要旨/日本人の健康の将来像
3.日本人の体力
はじめに述べたとおり,日本人の体格,体力の変化はとくに1900年以来著しいが,これを少し詳しく見ることにしよう.
a)身長:学童の身長,体重については世界的に高く評価されている文部省統計がある.これによると,日本人の身長(L),体重(W)は男女とも,統計のはじまった1900年以来同様の線をたどって増大している.図で明らかなように,戦争中L,Wともに約50年逆行してしまったが,この逆行分は終戦後数年間で完全に代償し,本来のものに追い付いている.この追付き速度はまことに目覚ましい.これを一般に成長促進現象(Growth acceleration)と呼んでいる.両独にも同様の現象があったが日本の方が追付き速度が大きく,かっ長期に亘って促進がつづき,今もなおその影響が見られるようである.
なお追付き現象というのは,病気その他のために一時的に発育発達が抑制された場合,その抑制が除かれると反動的に急速な発育発達の代償が起こり,比較的短期間で遅れを取り戻すという生物現象である.身体の構造面だけでなく,体力,知力,その他多くの活動能力にもこの現象がみられる.またこれは人間だけでなく生物界に広く認められるものである.
b)体重:1900年以降の傾向線は身長の場合と殆んど同じである.追付き過程で一時肥満児が増えた時期があり,現在もある程度肥満児問題はあるけれども,ほぼ落着きそうな模様である.単純性肥満であっても,脂肪細胞は一旦肥大したり増殖したりすると,元に戻ることが容易でないという性質をもっている.肥満問題をふくめ,今後の日本人にとって,栄養のバランス,摂取カロリー,運動によるカロリーの合理的な消費法などが重要な生活問題になるであろう,(後述)
C)体カテストの成績:一体現在日本人の体力は以前と較べて向上しているのか,あるいは低下しているのか.これに答えることは難しい.以前といっても1900年以後に限れば,それを判断する資料がないわけではない.さらに20年来の資料ならば沢山にある.
ここに掲げたのは5分走,立巾跳,握力という単一項目のテスト結果の比較である.1917年と1969年を猪飼らが比較したものであるが,これに1980年の平均的な値をつけ加えた.これを見る限りでは,5分走では男子は次第に能力が低下し,女子は一見向上したが最近は低下している.これに対し立巾跳,握力は男女ともに次第に向上している.ほかにも資料はあるけれども,変化の方向は項目によって一定しない.しかし総合的体力を見ようという文部省の体力診断テストと運動能カテストの成績では,1965年より10年後,1975年の方が男女ともに優れている.これらは多くの年齢別に同年齢層の比較であるが,部では年齢にかかわらず同身長層間の比較も試みられている.詳細は省略する.
結論的にいえば,他の多くのテスト報告をも総合的にみたところ,日本人の体力あるいは運動能力は次第に向上しつつあるといえそうである.日本人青少年の体力低下がやかましく言われた10〜20年代とは,かなり状況が変わったようである.おそらく各年齢層を通じて健康とか体力への関心が深まり,またそのための公私の施設や指導が強化充実してきたことによるものであろう.おそらく今後とも日本人の体力は向上するといってよい.少くとも運動トレーニングが適当に与えられれば今後の日本人の体力はさらに向上することは間違いあるまい.
4.死因,死亡率,有病率
a)死因:よく知られているように,近年日本人の主な死因順位が変ってきた.1950年までは,死因1位であった結核は急激に消滅に向って今や殆んど問題でなくなり,代って脳卒中,がん,心臓病が3大死因となった.そのうち脳卒中が高いのが日本の特徴とされていたが,ここ数年来やや減少気味で,それに代ってがんが増勢を示している.第3位の心臓病も増加の線をたどっていて,近い将来3死因の順位ほ変る可能性が大きい.しかしこれら3者はいずれも成人病に属するものであって,順位は変るにしても今後とも死因としてもっとも大きな部分を占めるであろう.
b)有病率:人口1,000人当り有病率は1955年の30.7から1973年の105.8と18年間に3倍に増加している.これはさらに増加するであろう.
病類別にみて減少しているのは伝染病と寄生虫病であって,循環系,呼吸系,消化系の疾患が絶対数で際立って多く,また増加率も著しい.高齢者層のふえることにともなう当然の現象であろう.勿論今後ともこの傾向は一層進むことであろうから,今後成人病対策は日本にとって最も重要な健康問題となるであろう.
前ページ 目次へ 次ページ
|
|