体育科学センター第9回公開講演会講演要旨/運動の習慣化と成人病予防
4.高血圧症と運動
高血圧とは収縮期血圧が160mmHg以上,拡張期血圧が95mmHg以上の場合をいい,年齢の考慮はなされない.
運動療法の対象となる本態性高血圧症は勿論,重篤な合併症がない場合にかぎられる.高血圧を放置しておくと,動脈硬化が起こりやすく,脳卒中や心臓病,腎臓病へと進展し死亡する例も稀ではない.したがって,本態性高血圧症は動脈などの変化の起こらないうちに生活改善や治療によってcontrolしなければならない.健常者(安静値120mmHg)の運動による血圧の変化は運動強度に左右され,演者の知見では,allout,80%,60%,40%Vo2max強度の運動後3分時の収縮期血圧はそれぞれ,154,137,133,119mmHgであり,最も弱い運動では血圧の変化は僅少であった.運動時には筋や冠状動脈の血管が拡張し血管抵抗が減少するが,これ以上に心拍出量が増大するので血圧は上昇する.とくに,動脈血管の弾性が低下している者では運動後の血圧上昇が著明となる.
トレーニングによる血圧の変化については一定の見解を得ていない.1977年,片岡らは106名の女性について3ヵ月間のトレーニングをした結果,トレーニング前に血圧が高値を示した者は低下し,低値だった者は上昇し,正常だった者は変化が認められなかったと報告している.また,浅野や吉村らは中高年マラソンランナーを対象に血圧や大動脈波速度を測定し,同年代の一般人と比較した結果,血圧は低値であり,脈波伝導速度も遅いことを報告している.しかし,サルチンらは鍛練者と非鍛練者では血圧に差のないことを報告し,ハリスらは,血圧はトレーニングによって変化しなかったと述べている.
運動が高血圧の改善に直接に貢献するという明確な証拠に欠けるとしても,運動は精神的ストレスを解消し肥満を軽減し血中脂質濃度を低下させることによって,高血圧の改善に間接的にでも貢献するであろうことは充分に推察されることである.
5.尿酸と運動
尿酸は,核酸またはヌクレオチドの塩基性成分であり,プリン体がキサンチンを経て生成され,その1/2〜2/3は腎から排泄され,残りは腸内に排泄または分解される.血中尿酸濃度は,尿酸の生成と排泄によって決まり,プリン体の過剰摂取,プリン体の吸収促進および尿酸分解の低下,尿酸生合成の促進,腎からの排泄低下などが高尿酸血症を惹起する要因として知られている.
尿酸代謝の異常によって起こる高尿酸血症により急性関節炎発作を繰返し,痛風結節,慢性関節炎を起こし,腎不全,心筋梗塞などの合併症で死に至るのが痛風である.
運動と血清尿酸値との関連では,鍛練者と非鍛練者間に有意の差を認めていないが,プロ野球選手や連日激しいトレーニングをしている高校野球選手の尿酸はきわめて高いことが御坐らによって報告されている.この種の高尿酸血症は尿酸の排泄障害やATP消耗にともなうadenine nucleotideの異化先進などが考えられるが,その本態はまだ不明である.力士の高尿酸血症もよく知られた事実である.
運動後の尿酸の変化は運動強度が高い程上昇し,40%Vo2max程度の運動ではほとんど変化は認められない.激運動後の血清尿酸の上昇は,運動の結果生じた乳酸との腎からの排泄の競合によるものかも知れない.
6.運動の習慣化に関する要因の調査
多くの疫学的調査や実験成績から幾つかの運動の効用が証明されたが,これらの効果は,運動を日常生活の中に習慣的に導入することによって発揮されるのはいうまでもない.しかし,多くの者は運動をはじめても3日坊主で終ってしまっている.ここでは,公共体育施設を利用して,習慣的に2年以上運動している人々を対象に,日常生活の中で習慣的に運動させ得る要因などについて調査した.
その結果,運動の習慣化の動機は,多くの者が高血圧,心臓病,肥満症,糖尿病など成人病の予防と回答し,習慣的に運動を実施できるのは近くに運動施設があり,良い指導者と仲間がいるからである,と答えている.しかし,これらの人々のいずれも時間的,経済的余裕のある者であったことを付記しておかなければならない.
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