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体育科学センター第9回公開講演会講演要旨/運動の習慣化と成人病予防


3.糖尿病と運動

糖尿病は遺伝的素因に環境因子,すなわち過食(肥満),感染,妊娠,精神的ストレスなどが作用して発病する,発症の経過は不定であるが,常にみられる生体内変化は特異的代謝異常(糖尿病状態diabetic state),すなわち,高血糖,尿糖出現や耐糖曲線の異常,低インスリン反応などである.
 糖尿病患者は年々増加傾向にある.後藤らは糖尿病人口の増加と脂質摂取量の増加との関連を指摘し,小林らは肉体労働者に比較し,座業を主とする事務系や管理職など特殊階級に発生頻度が高いことを報告している.肉体労働者の罹患頻度が低いことや随時動きまわっている糖尿病患者の経過が良好なことから糖尿病には身体運動が好影響をおよぼすことが経験的に知られ,Bouchardatは身体運動が糖尿病患者の尿糖を減少させることを記載している(1850年).
 図6は,肥満糖尿病患者の運動と食事療法の併用による療法前後の耐糖曲線の変化である.肥満型糖尿病患者S.S.は年齢36歳の男性で体重は本院入院時82.50kg,ローレル指数154で肥満以外の合併症はない者であった.25日間の入院期間のうちはじめの16日間は1日1,200kcal(蛋白質61g,脂質38g,糖質157g),17〜23日間の間は960kcal(蛋白質55g,脂質38g,糖質103g),24〜25日の間は2,000kcalの食事療法を行った.
 運動療法は当患者の体力が比較的優れ,とくに肥満治療に重点をおいたため運動強度を80%Vo2maxとし,1回10分間1日朝夕2回の頻度で25日間自転車エルゴメーターにより行った.これら食事と運動療法の併用により体重5.50kg減少し,血中脂質の著明な減少と運動能力の向上,耐糖能の改善が観察された.
 成人型糖尿病では50〜80%が肥満型である.肥満治療には食事療法が最も有効であり,体重減少のみ目標とする場合の運動効果は少ない.しかし,食事療法のみで減量した場合には体重減少と耐糖能の改善が認められるが,体力低下や貧血を伴う場合もある.したがって,社会復帰を目標とする糖尿病療法では食事療法だけでなく運動療法との併用が好ましい.
 糖尿病患者の糖代謝におよぼす運動の意義は,運動時には筋組織での糖利用が冗進し筋細胞内へのブドウ糖のとり込みが促進するが,この場合インスリンの作用を介さずに別のmembrane transport systemによると言われる.すなわち,運動時におこる筋組織でのanoxia状態やGoldsteinの提唱する血糖降下を有する物質(インスリン様活性物質)の分泌上昇が細胞膜のブドウ糖の透過を容易にしインスリンを介さずに細胞内へのブドウ糖のとり込みが行われる,というものである,したがって,身体運動はインスリンの節約にもつながることになる.
 以上述べてきたように適度な身体運動は糖代謝の改善に有効である.さらに池田は糖尿病患者が日常生活に運動をとり入れることは生活を規制的にし,強い意志力,忍耐力の養成など精神面での効果もみのがせないことを指摘している.



図6 糖尿病患者の身体トレーニングによる耐糖能変化(ブドウ糖100g経口投与)(井川)


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