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体育科学センター第9回公開講演会講演要旨/運動の習慣化と成人病予防


 1.動脈硬化と血中脂質

 コレステロールや中性脂肪(トリグリセリド)は心臓血管系疾患の重要な促進因子であることは疫学的にも広く認められてはいるが,その生成機序に関しては2大別できることが疫学的調査で明かになった.脂肪摂取量の多い都市生活者では,冠状動脈硬化発生頻度と血清コレステロール濃度とは高い相関が認められているが,わが国の秋田住民は脂肪摂取が少なく,したがって,血中コレステロールやトリグリセリド濃度が低いが,脳動脈硬化による脳卒中発生頻度がきわめて高く,食塩の大量摂取,過重な労働などが原因と考えられている.さしあたり運動療法の対象となるのは都市生活者とくに食物摂取も欧米化し,運動不足,肥満を特徴とする管理職タイプの人々で,農村型の高血圧患者には食生活の改善を中心とした指導を中心とすべきであろう.なお管理職などに脳卒中や心筋梗塞の発生頻度が高いのは,精神的ストレスが血圧上昇的に作用する結果である,と言われる.  上述したように,脂肪,とくにコレステロールやトリグリセリドは動脈硬化促進因子の1つではあるが,生体にとっては熱源としてのみならず,耐寒作用,抗ストレス作用および生体の構築材料としても重要である.脂肪と一口に言っても化学的には多くの種類に分類され,リポ蛋白の比重により分類した場合は,(イ)高比重リポ蛋白(HDL)-αリポ蛋白,(ロ)低比重リポ蛋白(LDL)-βリポ蛋白,(ハ)超低比重リポ蛋白(VLDL)一プレβリポ蛋白,に区分され,リポ蛋白のうちLDL,VLDLは粥状硬化の発生を促進させ,HDLは逆にそれを阻止する作用のあることが知られている.LDL,VLDLの動脈壁への侵入は,その血中濃度と血中滞溜時間に比例することが知られ,動脈内皮細胞の傷害によって動脈壁に沈着すると言われる. HDL-コレステロール(C-HDL)には,LDL-コレステロール(C-LDL)とはまったく異なった作用を有する.LDLはLecithin-cholesterol acyltransferase(LCAT)の作用によって末梢組織表面から遊離コレステロールをエステル化し,肝臓で胆汁酸に異化し糞便として排泄する.また,HDLは動脈壁に存在するLDL受容体と結合し,LDLの動脈壁への取込みを抑制する.血中C-LDLやTG-VLDLの増加とC-HDLの低下は,虚血性心疾患(Ischaemic heart disease,IHD)の発生頻度を高くしている.図1は,Miller,N.E.が調べたIHD患者のリポプロテインコレステロール濃度である.IHD患者のC-HDLは対照群に比較し有意(p<0.005)に低値である.  脂肪酸のうち,リノール酸,リノレン酸,アラキドン酸は必須脂肪酸といわれ,動物体内では生合成されず食事として摂取されなければならない.これらの脂肪酸が不足すると,耐寒作用,抗ストレス作用などが減弱する.また,必須脂肪酸は生体膜の構成要素としても重要であり,これが不足するとミトコンドリアが脆弱となり,組織の呼吸能が低下するとも言われる.
 コレステロールはステロイドホルモンの素材であり,細胞膜などの構築材料でもある.とくに中枢神経系のある脳はコレステロールを最も多く含む臓器である.食事性(外因性)コレステロールは,そのほとんどが動物性脂肪に由来し,血清コレステロールの主な部分は酢酸を材料にして肝臓で合成される,いわゆる内因性コレステロールである.外因性コレステロールは1日0.3g,内因性コレステロールは約3gつくられる.食物中のコレステロール含量が多ければ肝における生合成は抑制される.しかし,加齢にともない,過剰のコレステロール摂取が生体内コレステロール生合成を抑制する,フィードバックによる調節能が低下することが知られている.



図1 リポ蛋白コレステロール(mg/dl)(Miller)

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