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 考  察
 加齢による筋力の変化については,膝関節伸展トルクは50歳代から低下する(Larssonら)10),60歳代から低下する(伊東ら)7)という報告がある.本研究では60歳代から低下を示し,伊東らの研究とほぼ同様の結果となった.足底屈力については,Fugl-Meyerら4)が男女ともに50歳代から低下すると報告しており,本研究結果と一致している.足背屈トルクについては,坂本と濱岡13)が30歳代より低下し,30歳代と40歳代,30歳代と50歳代に有意差が認められたと報告しているが,本研究では70歳代から低下傾向を示し,明らかな違いが認められた.
 加齢による歩行パラメータの変化については,Himannら6)は,女性の場合,自由歩行と急歩の両方において,速度,歩幅,歩調のいずれにおいても60歳以上で有意な低下を示したと報告している.Kanekoら8)は,女性について,自由歩行,急歩ともにおよそ70歳から速度,歩幅,歩調が有意に低下すると報告している,伊東ら7)は全力歩行の速度は60歳以後に減少すると報告している.本研究では40歳群との比較に撤)て80歳群のみが有意な低下を示した.歩調については,加齢とともに低下する6,8)という報告と,変わらない2,3)とする報告があるが,本研究では,自由歩行,全力歩行ともに加齢による歩調の有意な変化は見られなかった.
 下肢筋力と歩行能力の関係においては,膝伸展力が250N,足底屈力が400N,足背屈力が150N以下になると筋力低下に伴って歩行速度や歩幅が低下することが明らかになった.
 伊東ら7)は,22歳から79歳までの男性81名について10mの最大速度歩行と膝伸展トルクの測定を行い,歩行速度と歩幅の低下要因の一つに膝伸展力の低下があげられると報告している.小西ら9)は,男子学生について,左の膝伸筋群だけを疲労させた直後に歩かせる実験を行い,体重の40%以下の筋力まで疲労させた場合は跛行,すなわち左右脚で非対称性の歩行が見られ,体重の60%までの筋疲労では跛行が見られなかったと報告している.本研究の場合,膝伸展力が250N以下で歩行速度や歩幅の低下が見られたが,体重当たりの膝伸展力(%)で見ると,100N未満群から200N群がそれぞれ19%,29%,38%,46%であり250N群がら350N以上群がそれぞれ52%,63%,78%であった.小西らの筋力は膝関節70°屈曲位(最大伸展が0°)で測定したのに対し本研究は90°屈曲位で測定した.膝関節90°の伸展力は70°より約10%低いことが報告されている11)ので,筋力を1.1倍して膝関節70°切推定値で算出すると,200N群は体重の50%,250N群は57%となり,体重の60%までの筋疲労では跛行が見られなかったとする小西ら9)の報告とよく一致した.したがって,膝伸展力が200N以下の群において歩行速度や歩幅が小さかったのは,膝伸展力そのものの低下が原因していることが考えられる.
 植松と金子15)は高齢女性13名と若年女性6名について自由歩行における下肢関節トルクを測定し,歩行速度と相関が見られたのは,高齢群では蹴り出し期後半の膝伸展と蹴り出し開始時点の足底屈のトルク,若年群では単脚支持開始時の膝伸展と両脚支持期中間点の足背屈の制動期トルクであったと報告している.彼らのグラフから,秒速1.3m/sの歩行速度で発揮されるピークトルク値を読みとると,膝伸展トルクが制動期で約0.7Nm/kg,推進期で約0.5Nm/kg,足底屈は約1.25Nm/kg,足背屈は約0.14Nm/kgであった.本研究において,歩行速度や歩幅が低下する筋力閾値をトルクで表すと,膝伸展トルクは1.37Nm/kg,足底屈トルクは0.707Nm/kg,足背屈トルクは0.271Nm/kgであり,植松と金子15)が示した歩行のピーク値と比較すると,膝伸展と足背屈の閾値は歩行に必要なトルクの約2倍であり,足底屈の筋力閾値は逆に56%程度であった.足底屈力に関してFugl-Meyerら4)は,膝関節が90°屈曲位では膝伸展位より約15%底屈トルクが小さいと報告しているが,それを考慮しても本研究の足底屈における筋力閾値は歩行中の67%でしかない.歩行中に足底屈のピークトルクは単脚支持期の終末で,対側足の接地直前に出現し15),その時の収縮は短縮性であり17),本研究で測定した収縮様式と同じである.本研究で得られた等尺性の足底屈トルクの閾値が歩行中に必要なトルクよりなぜ低いのかは,現在のところ不明である.


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