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中・高年齢女性のライフスタイルと生き甲斐および体力 −独居者と家族同居者との比較−


 3.棒つかみ反応等体力と平衡機能の関連
 BMI,比握力,棒つかみ反応と閉眼片足立ちおよび開眼・閉眼直立時重心動揺指標との関連を相関係数(r)によって,独居者(I群)と家族同居者(II群),運動習慣,仕事,生き甲斐の有無別に調べた.年齢と閉眼片足立ちとの関連は,II-Nex(r=-0.372,p<0.01)および生き甲斐がないと回答したI群の者(r=-0.962,p<0.05)に有意な負の相関がみられただけであった.また,開眼時重心動揺軌跡長と閉眼片足立ち時間の関連では,IEx(r=-0.951,p<0.05)に有意な負の相関がみられたほかには有意な相関が認められなかった.

 考  察
 平成12年に65歳以上の高齢者の20人に1人が寝たきりになると予測されている13).高齢化社会が既に始まっている今日,寝たきりの対策は予防に主眼が置かれるべきである10).そして高齢化社会では,高齢者は自立して生活できる最も基礎的な体力が最低限必要である.
 そこで,本研究は寝たきりの原因の1つである転倒による骨折に関連があるとされる平衡機能について,中・高年齢女性を対象として,自立した生活者か否かという観点から,独居者と家族同居者の差違を比較,検討した.同時に運動の実施,生き甲斐および仕事の有無等ライフスタイルが,独居者と家族同居者の平衡機能等体力に関与するか否かも調べた. 平衡機能7)は視覚系,前庭迷路系等平衡反射系と,小脳,脳幹を中心とする中枢神経系によって機能が制御されている3,12).平衡機能検査には眼球運動系と体幹・四肢の運動系(体平衡機能)の検査があるが,重心動揺検査と閉眼片足立ちは運動系直立検査である12).重心動揺は,平衡障害があると動揺軌跡長や動揺面積が大きいだけでなく,軌跡のパターンが特異的になり病態,障害部位,障害の程度を診断することができる3,12).本実験では,重心動揺の大小から対象者の平衡機能の良否を把握した.
 本実験の結果,独居者(I群)と家族同居者(II群)を比較しただけでは平衡機能に差違はみられなかった.そこで,運動習慣の有無別にI群とII群の者を比較すると(Fig.1,Fig.2参照),運動習慣のある独居者(I-Ex)の重心動揺は小さく,平衡機能が他の群より優れていた.I-Exは,閉眼時の重心動揺原点がI-NexとII-Exより爪先方向に有意に偏移した.木村たち5)は,加齢とともに重心動揺原点が踵側に変移することを報告し,加齢に伴う平衡機能の不安定性を指摘している.このことから考えれば,本実験の運動習慣のある独居者(I-Ex)は,閉眼時の平衡機能の維持に関し,運動習慣のない者に比し加齢の影響が少ないと思われた.本被験者の重心動揺面積は,時田工2)の報告する60歳代の重心動揺面積(平均4〜5cm2)より小さく,とくにI-Exは平衡機能が優れていると考えられた.またI-Exは,棒つかみ反応も速く敏捷であった.これらの結果は,日常習慣的に行う運動の影響4)と考えられる.閉眼片足立ち時間は,木村たちの報告4)(同年代,5〜15.6sec)に比し劣る傾向であったが,理由は明らかにならなかった.
 また,運動習慣のある家族同居者(II-Ex)は運動習慣のない家族同居者(II-Nex)と比較し,平衡機能および体力がとくに優れることはなかった.I群とII群の実施している運動種目,運動強度にはとくに差がみられなかったので,II-Exの運動を実施する時の気合い,集中度がI-Exほど強くない等精神的な相違が原因し,運動の効果に影響しているのかも知れない.I-Exでは,全員が生き甲斐の対象に運動をあげている(Fig.3参照)が,筆者たちの先行研究9)でも,競技会出場を目的に週4日以上トレーニングをしている60歳代の独居生活する女性では,全員が運動を生き甲斐にしていた.本対象者へのアンケート結果では,生き甲斐の対象に「家族」,「運動・スポーツ」,「趣味」に運動習慣の有無別の独居者(I群)と家族同居者(II群)で差がみられたが,生活目標の対象,社会への貢献度等には両群の差はとくにみられなかった.独居者は家族同居者に比べ,生き甲斐や生活目標とする対象は対象数からみると少なく(Fig,4参照),このことは1人で暮らす故に「急病や怪我で自分に何かあっても世話をしてくれる人がいないので,自分は健康でないといられない」という意識が強いと推察された.独居者にとって,生活の目標は,「働くことができ,自分のことは自分でするために健康であること」が最も重要で,その他のことに目を向け難いと推察され,故に生活目標とする対象の数が家族同居者より有意に少ないと考えられた.逆に家族同居者は,日常生活を援助してもらい,病気・怪我をしても身近に世話をしてくれる者がいるので精神的には比較的悠長でいられ,健康でなくても生活できることがとくに健康・体力向上を目的とした運動や健康関連プログラムに関与しようとする意識が独居者より弱くなると推察される.
 運動には,実施する楽しみの他に仲間との交流,健康の保持・増進,体力の向上,ストレスの解消といった実益を多く伴うことが期待されている.生活に時間的,経済的余裕のある独居者では,運動が生活目標になったり,寂しさや退屈さからの脱出方法,または前向きに生活する対象になりやすいと考えられる,これらの比較から,I群(独居者)は精神的ストレスと緊張感が比較的多いが物事に対する動機付けは強いこと,II群(家族同居者)は楽しみの対象は多いが,同居する家族に精神的に依存する傾向が少なからずあることが,それぞれの特徴のように推察される.それ故,独居者では運動するとしても運動に対する意気込みが強くなり,結果的に運動量が増え,運動による身体への効果も顕著になると推察される.
 また,定職に就いている者の重心動揺が小さかったことから,仕事の形態の差違はあるが,仕事をするときには例えば職場までの徒歩・自転車通勤徒歩による得意先回り,立ち作業はその仕事自体が運動であり,仕事を持つと食事,睡眠等日常生活に関して規則正しい生活も余儀なくされることが体力の維持に寄与すると推察される.仕事をする中・高年齢者の全員が仕事を生き甲斐にしているということは,毎日の生活に意欲的になれるということであり,精神的にも望ましいことと思われる.報酬が得られる仕事であればさらに生活に張りができると推察される.
 生き甲斐の有無別では,生き甲斐のある,なしのみならず,I群とII群との比較でも平衡機能,体力等に差はみられなかった.これは生き甲斐の対象が,例えば家族,信仰,また生け花,茶道等文化的活動の趣味,ギャンブル等,必ずしも体力の改善をもたらす身体運動を伴うものではない生活活動であることが推察される.さて,ここまでの結果にはI群とII群,生き甲斐の有無別等の比較による明らかな差違がみられない体力項目,ライフスタイルおよび精神的要因があった.その原因として,対象者の特殊性が考えられる.即ち本研究の対象者は,週1回定期的に地域のスポーツセンターへ通うことのできる中・高年齢者であるので,体力的に平均域,およびそれ以上の可能性があり,地域の健康体力増進プログラムに参加しようとするだけの意欲がある者と考えられる.もし,身体的に日常の生活が可能であっても,家から外出するような生活をしない中・高年齢者も対象者に含まれていた場合,本研究の測定・調査項目の結果も異なってくることが推測される. 本研究では,年齢と閉眼片足立ちとの間にII-Nex(r=-0.372,p<0.01)と生き甲斐がないと回答したI群(r=-0.962,p<0.05)に有意な負相関がみられ,運動を実施しない者と生活の動機付けが弱いと思われる者に平衡機能の加齢による低下がみられた.木村たち5)も,とくに運動習慣のない60歳以上の高齢者では,加齢に伴う閉眼片足立ち時間の短縮を報告している.しかし,本実験では開眼時重心動揺軌跡長と閉眼片足立ちの関連では,I-Ex(r=-0.951,p<0.05)に有意な負の相関がみられたほかにはとくに関連が示されなかった.トレーニングされた者では平衡機能が優れることが推察されるが,筆者の別の報告1)では,重心動揺測定結果と閉眼片足立ちの関連がとくにみられず,開眼時の両足による姿勢保持の機序と閉眼片足立ちの機序の相違も推察された.
 本研究は,寝たきりの原因の1つである高年齢者の転倒,骨折に関与するとされる平衡機能を中心に対象者を独居か否か,さらに運動習慣,生き甲斐および仕事の有無という観点から群別に比較し,その差違および特徴を把握しようと試みたものである.したがって,独居者または家族同居者にみられたライフスタイル,体力,および精神的な特徴が,本稿で考察した諸要因と必ずしも因果関係があるとはいえないかもしれない.しかしながら,運動を生き甲斐として行い独居する中・高年齢女性は,独居者故の「健康でないと生活していけない」という気持ちの基にライフスタイルが成り立ち,日常行う運動によって平衡機能と敏捷性が向上・維持される可能性が高く,結果的に転倒しにくいライフスタイルになっているように思われた.



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