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高齢者における継続的な運動・スポーツが体力および情緒・行動面に及ぼす影響
−運動クラブに所属する高齢者の4年後の追跡調査−


 考  察
 活動は,健康,長寿と並ぶサクセスフル・エイジングの重要な条件である.高齢者においては,活動性を維持するためには先ず健康であることが前提となる.また,活動を通じて,健康が維持される面もある.活動と健康の両者は相互に作用しているといえる.ここでの活動は,広義では「生活行動」を意味し,生理的活動(一次活動),義務的活動(二次活動),余暇活動(三次活動)が含まれる.これらのなかで,高齢期を積極的に乗り切るために必要なのは,義務的活動と余暇活動である.具体的には,仕事,学習,趣味,娯楽,スポーツ,社会参加等があげられ,これらの活動がサクセスフル・エイジングをもたらす重要な役割を担っていると考えられている17・18).
 日本スポーツ連盟が作成した高齢者向けの運動指導マニュアル13)で述べられている高齢者の運動の意義は,(1)日常生活上身の回りのことをするのに必要な体力の保持,(2)健康で活力ある生活を楽しむのに必要な体力へのレベルアップ,(3)高齢者スポーツに必要な体力の鍛錬である.サクセスフル・エイジングという観点からすると,さらに運動・スポーツを楽しむ,それが生きがいや生活の張りにつながるなどもその意義ととらえ,そのための運動・スポーツのあり方の検討が必要であろう.
 元来,「スポーツ教室」に参加するような高齢者は,「スポーツを通して,少しでも老化を予防し,健康を維持増進し,自立した生活を送りたい」あるいは「人々との交流を通して,楽しみたい」というニーズを有している.さらに,「一定期間だけでなく継続してスポーツを」というニーズによって運動クラブを設立し,生涯にわたってスポーツを楽しむ道を開いてきた.各地域でこのような活動が広く展開されつつあるが,高齢者における運動・スポーツの継続性に関してはまだ充分解明されているとはいえない.本研究のように,高齢者において4年間運動・スポーツを継続することによる身体面・精神面・生活面への影響を縦断的に検討することは,非常に意義あることと考える.
 本対象者は4年以上継続的に運動クラブで活動している.平成10年に調査した対象者のクラブ継続理由は,「楽しいから」が最も多く,次いで「心地よい汗をかける」,「人との交流ができる」の順で,この三つの理由は,「健康によい」「体力がつく」を上回っていた.本対象者を含む運動クラブ所属者に対しては,4年前(平成6年)に運動・スポーツを始めた動機に関する調査を行っている.その理由として最も多かったのは「健康の保持増進」であり,以下「人との交流」,「運動不足解消」の順であった14).したがって,運動・スポーツを始めた理由とクラブ活動を継続している理由とはその順位が異なっている.本対象者の場合,「仲間ができた」「人間関係が広がった」ことが,スポーツ教室から運動クラブヘと継続的に運動を実践する動機につながり,健康のために始めた運動・スポーツが,体を動かす楽しさに変わり,生きがいや生活の張りにつながったのではないかと推察される. これは,総理府広報室の「体力・スポーツ教室に関する世論調査」(平成6年)20)における70歳以上のスポーツ参加理由(「健康の保持増進」(67%),「楽しみ」(56%),「対人交流」(35%))に比べ,本対象者では,「楽しみ」(96.3%),「対人交流」(92.6%)の比率がかなり高いことからでも裏付けされる.また,歩行時間が長くなっていることは,日常生活全般がより活動的であることを示すものとして注目される.
 一方,運動クラブの活動を継続したことによる身体面,精神面,生活面の影響として,ほとんどの者が何らかの変化ありとしていた.その内容は「食欲が出てきた」「眠れるようになった」「活発になった」「明るくなった」「人間関係がひろがった」「自分を大切にするようになった」等であり,体調が整い,前向きになり,人との輪が広がったとする者が多かった.現時点でのこれらの変化をみると,まさに本対象者は,運動・スポーツを通じてサクセスフル・エイジングの実現に向かっていることになる.
 対象者の体力については,4年間の変化をバッテリーテストの成績からみると,統計的な差は認められないものの,筋力系において低下傾向が認められた.ただし,敏捷性や柔軟性,平衡性にはほとんど低下が認められず,むしろ持久性の指標であるSSTwの成績は向上していた.一般高齢者を対象とした木村らの横断的資料では,バッテリーテスト6)およびSSTw3)とも,その低下率は項目によって若干異なるが,60歳以上の年齢層ではすべて年齢とともに明らかな低下を示すことが報告されている.したがって,本対象者の場合,運動・スポーツの継続により,体力の加齢変化はかなり抑制されているものと考えられる.また,平成6年・10年の両年の体力値には,各項目とも有意な相関が認められ,高い再現性を示すが,これらの結果は,低い者は低いなりの,高い者は高いなりの体力を維持していることを反映するものである.ただし,本対象者の体力は,木村らの報告している標準値6)に比べ,両年とも各項目において高い値である.「スポーツ教室」に参加し,さらに「運動クラブ」で継続的に運動・スポーツを実践しょうとする者は,スポーツを始める以前から平均的,あるいはそれ以上の体力レベルであることが伺える.いずれにしても,運動・スポーツの継続には,一定の体力が必要である.今後,様々な体力レベルに応じた高齢者に親しみやすい運動・スポーツ種目の開発や選択が課題となろう.
 主観的な活動能力については,男性では4年間に変化がなかったが,女性では有意な低下が認められた.これは男性は「年の割には体力がある」と自覚している者が多いのに対し,女性では「年とともに体力が低下している」ことを実感していることを示している.
 GDS得点からみた対象者は,両年ともに欝傾向はほとんど認められず比較的安定した精神状態であることが示された.McAuleyら8)は,psychological well-bingとphysical activityとの関連性を指摘し,我々も9,14)GDS得点が体力総合点や主観的活動能力得点と有意に相関することを認めている.本対象者においても,「運動・スポーツを継続できる体力がある」という自覚が,情緒的な安定をもたらす一因になっているものと考えられる.
 継続的な身体活動を通して,加齢による体力低下を少しでも抑制できれば,日常生活行動にも体力的なゆとりができ,活動量や活動範囲の拡大を図ることができる.高齢者の運動が体力低下にどの程度関与しているのかについて,木村ら5)は散歩や体操,植木いじりなど日常生活に軽い運動習慣を有する者は,特別な身体活動の習慣のない者に比べ,体力年齢で約10年若いことを報告している.運動クラブに所属して継続的な活動を行っている本対象者の場合,体カテストによる4年間の体力変化は,握力,垂直とびなどの筋力系の体力要素は低下するものの・他の体力要素(平衡性,柔軟性,敏捷性,持久性)はほぼ維持されているか,あるいは若干向上している傾向が認められた.加えて,クラブ活動によって体調が整い,前向きになり,人との輪が広がり,生きがいや生活の張りにつながり,情緒的な安定をもたらしていることが示された.このような状況は,運動クラブを継続した結果,あるいは運動クラブを継続できた結果もたらされたものと思われる.
 本調査結果から推定すると,運動クラブの継続には,自分の体力にあった種目の選択,よい対人交流,楽しくできる雰囲気等いくつかの要素が相互に関連していることが示唆される.また,広範な高齢者がサクセスフル・エイジングを目指し,生涯にわたり運動・スポーツを楽しみながら健康で張りのある生活を送るためには,今後の課題として,クラブ活動からドロップアウトした者に対する調査も必要と考えられる.



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