中高年者における椅子起立時間および歩行速度に及ぼすトレーニングの影響
討 論
OsukaとMcCarty10)の原法では,椅子起立時間の測定には高さ44.5cm,奥行き38cmの肘掛け椅子が用いられている.しかし,本研究では被験者の身長を考慮して,座ったとき,膝の角度がほぼ90度となり,安定した座位姿勢がとれると判断された高さ40cmの肘掛け椅子を利用した.
本研究の男女被験者の歩行速度および椅子起立時間は,トレーニング参加後,統計的に有意な増加あるいは短縮(p<0.001)を示した.筋力トレーニング4,11)や持久カトレーニング11)は,高齢者の筋力および歩行速度の改善をもたらすことが知られている.岩岡8)は中高齢女性を対象とした1日60分,週1日の複合運動プログラムに10週間参加することによって,歩行能力と脚筋力の指標に有意な改善が認められたことを報告している,しかし,コントロール群がなく,報告された改善がトレーニング参加に伴うものであるかどうかは不明である.本研究においても,トレーニング教室という性格上,コントロール群を設定することができなかった.このため,トレーニング後の改善が被験者の測定に対する慣れに依存した結果であることが考えられた.
しかしながら,両変量について,別の中高年男女15名(男性8名,女性7名,平均年齢59±8歳(49〜73歳))を対象に,日を変えて測定を行ったときの平均値には有意な差は認められなかった(椅子起立時間:13,93±1.17vs13.31±1.49秒,r:0.66(p<0.01):歩行速度:134±18vs134±17m/分,r=0.86(p<0.01)).衣笠ら9)は65歳以上の被験者18名を対象に1年後に測定した10m歩行速度の再現性は高く(r=0.92),平均値にも差が認められなかったことを報告している.また,Hoeymansら7)も2週間間隔で測定した椅子起立時間の再現性はr:0.82で,平均値に差がないことを報告している.したがって,椅子起立時間および歩行速度の再現性は高く,本研究においてトレーニング教室参加後に観察された改善は,測定に対する慣れや再現性に起因したものではないと考えられる.
ところで,本研究では健康増進事業におけるトレーニング教室ということから,被験者の日常生活における身体活動については制限を加えなかった.したがって,トレーニング参加に伴う被験者の運動に対する意識の変化が日常生活における身体活動量の増加を導き,これがトレーニング後の改善に寄与した可能性が考えられる.しかし,本研究におけるようなトレーニング教室では,定量的な運動の強度や量の設定は困難である.そこで本研究では,トレーニング参加に伴う活動量の増加も含めた身体活動刺激により,高齢者の自立に関与が考えられる変量がどのような影響を受けるのかに焦点を絞り,実験室的な観点から,トレーニングによる改善と日常活動量の増加による改善とを区別することは行わなかった.
ところで,筋力は歩行速度と正の相関関係を示し3),椅子起立時間は下肢の筋力と正の相関関係を示す10).このことから,本研究においては,簡便な筋力指標としての椅子起立時間と歩行速度との関係に興味が持たれた.しかし,トレーニング前における男女の椅子起立時間と歩行速度との間には,有意な相関関係を認められなかった.しかしながら,このことは,椅子起立時間と歩行能力との間に関連性がないことを示すものではないと考えられる.なぜなら,本研究の被験者においては,年齢と歩行速度や椅子起立時間の相関が低く,その原因の一つとして,被験者の年齢幅が比較的狭かったことが考えられる.したがって,両変量間に有意な相関関係が得られなかった背景として,加齢に伴う低下が少ない年齢範囲6)での相関関係が求められている可能性を否定できないためである.両者の関連性を追求するためには,対象者の年齢幅をもっと高齢域までに広げた研究が必要であると思われた.
以上のように,本研究においては,簡便な下肢筋力の指標である椅子起立時間と歩行速度との関係を明確にすることはできなかった.しかし,本研究の結果は,動きづくり,筋力づくりおよびスタミナづくりを中心とした一般人のためのトレーニング教室への参加が,中高年者の身体的自立につながる下肢筋力や歩行能力の改善を導くことを示唆するものとして注目されよう.
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