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在宅高齢者の生活体力と日常生活状況との関連


 2.生活習慣と生活体力との関係
 高齢期における日常生活の在り方が高齢者の健康状態やADLの自立度などと深い関係を有することがこれまでに数多く報告されている,4,5,9,13〜15).本研究においても,生活習慣の複数の項目と生活体力との間に独立した有意な関係が認められた.
 男女に共通した関連項目として,睡眠時間が抽出され,いずれも9時間以上の睡眠をとる者ではそれ以下の者よりも生活体力が低い関係が示された.一方,小川ら9)は東北地方の近郊農村に居住する70〜75歳の高齢者全員を対象とした縦断研究により,女性の睡眠時間が短いことはADLの有意な低下要因であることを報告している.この結果は本研究の結果と矛盾するように思われるが,彼らの研究においては睡眠時間8時間以上の者と8時間未満の者とで比較検討したものであり,本研究の比較条件とは異なっており,このことが結果に影響を及ぼした可能性が考えられる.本研究の女性においては,睡眠時間が7時間以上〜9時間未満の者で生活体力が最も高く,それよりも睡眠時間が長くても短くても生活体力が低い関係にある事が示されていることから,両者の関係は単純な直線的なものではないように思われる.しかし,本研究の男性では,睡眠時間が短い者ほど生活体力が高いという直線的な関係が認められており,男女の結果に違いが認められた.したがって,高齢者の睡眠時間と生活体力との関係については,今後,性差や交絡因子の存在などについての検討が必要と思われる.
 男性では,趣味や稽古事の有無においても有意な関係が認められ,これらをよくする者ほど生活体力が高い関係が認められた.趣味や稽古事については,我々は以前にも同じ結果を報告しており1),安田ら15)はADLについての縦断的研究で趣味活動を行わない者は行う者に比べてADL低下の相対危険度が高いことを報告している.これらのことは,趣味や稽古事の内容による直接的な影響と共に,それらの活動に伴う種々の身体的および社会的な活動の影響をも反映していることが推察される.事実,安田ら15)はADL低下に関連する生活様式として,趣味活動のみならず,友人の数,外出の楽しさ等でも有意差が認められ,社会的活動の乏しさが全体としてADL低下に関係しているとの指摘をしている.しかし,彼らの研究では,このような活動の影響は男性よりも女性において明らかであるとしており,本研究とは異なる結果を報告している.この点については,趣味や稽古事の内容についての検討を含め,詳細な検討が必要と思われる.
 男性においては,身体活動量が最も多いと思われる運動・スポーツにおいて生活体力との間に有意な関係が認められなかった.我々はこれまで,男性において生活体力と運動・スポーツとの間に有意な関係があることを報告してきた1,2).本研究結果がこれまでの研究結果と一致しなかった理由の一つとして,対象集団の特性の違いが反映された可能性が考えられる,すなわち,本研究の対象者のうち運動・スポーツを実施している者は全体の19.7%であり,前報の74.9%に比べて極めて少なく,その一方で仕事をする者が全体の71.9%と高い割合を示した.本研究の対象地域は農山村であり,対象者のほとんどが農作業を仕事として日常的に実施しており,運動・スポーツと仕事の両項目とも実施している者はいなかった.したがって,本研究の男性においては,運動・スポーツの実施状況と生活体力との間に何らかの交絡因子が介在していた可能性が考えられ,運動・スポーツを実施している対象者は,これまでの研究の対象者とは異なる何らかの特殊性を有する集団であった可能性が推察される.一方,本研究における仕事の有無については生活体力との間に有意な関係が認められなかったものの,仕事を有する者は有しない者よりも生活体力が高い傾向(P=0.064)が認められた.これらのことから,本研究においては,調査対象となった地域特性にもとづく対象者の活動様式のちがいが結果に反映され,その結果としてこれまでの研究とは異なる結果となったものと推察される.
 女性では,運動・スポーツをよく実施する者ほど生活体力が高く,運動習慣が生活体力の強い関連要因である事が示された.この結果は,従来我々が報告した結果1,2)と一致するものであり,男性の結果とは異なるものであった,本研究の女性においても,対象者のうち運動・スポーツを実施する者は全体の10.5%と男性同様に低い割合であった.にもかかわらず,運動習慣と生活体力との間に有意な関係が認められたことは,女性の場合は男性とは異なり,運動の実施と生活体力との間に交絡因子が存在しなかったものと解釈される.また,仕事の有無において生活体力との関係が全く見られなかったが,このことは女性の仕事が男性と異なり,身体活動をあまり伴わない内容のものであったことを反映したものとも推察される.
 なお,今回明らかにされた生活習慣はそれぞれが独立した生活体力の関連要因であるが,それらが同時に相互に関連し合って生活体力の関連要因となっていることも考えられる.したがって,これらの生活習慣については個々の習慣の意義や問題に着目するとともに,生活体力に関わる生活習慣パターンとして総合的にとらえることもまた重要と思われる.
 以上,本研究は自立した日常生活を営んでいる地域高齢者を対象として,生活体力に関連する要因について検討を行った.その結果,従来の研究で示されたADLやIADLの障害に関連する要因とほぼ同様な生活体力の関連要因が示唆された.したがって,老年期におけるこれらの関連要因に対する積極的な予防対策は,生活体力の維持増進,活動的余命の延長,寝たきり予防といった高齢者の一連の保健活動の展開において重要な意義を有するものと推察される.しかしながら,本研究は横断的な研究であり,その関係は因果関係を示すものではないことから,本論に述べた関連性については,今後より詳細な検討が必要である.その一方で,本研究の対象集団はある農山村地域に居住する高齢者であるが,極めて偏りの少ない集団であることから,本結果を同様な地域に居住する一般の自立高齢者に適用することはある程度可能と思われる.


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