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 考  察
 高齢になるに従い姿勢調節能力が低下し、転倒し易くなる。これには、加齢にともなう抗重力筋群の協調性の低下や老年性筋 萎縮1)、神経細胞数の減少などによる中枢神経系の機能低下1)などが関与している、といわれる。木村たち5)は、60〜87歳の高齢 者を対象にして開・閉眼片足立ち保持時間や重心動揺軌跡長と握力や垂直跳びなどの体力測定値との関連を調べ、各々の姿勢 調節能指標と握力や垂直跳びなど体力との間に有意な相関関係があることを報告し、これらの有意な関連は年齢を制御変数と した場合には男性の閉眼片足立ちと握力測定値との間にのみ認められた(r=0.360、p<0.05)と述べている。また、坂口と角田9)は10 〜80歳代までの男女合計2212名を対象に、30秒間の閉眼直立位の重心移動軌跡長(L)と握力、背筋力、垂直跳び、Vo2maxなど10項目 の行動体力要素との間の単相関分析を行ったが、Lと10項目の体力要素いずれとも極めて低い相関係数しか示されず、平衡機能は 他の行動体力要素とはかなり異質の生理学的成り立ち、すなわち静止立位が意志行動であると同時に複雑な多反射弓よりなる 反射行動の総合機能である9)、と考えている。木村たち5)や坂口と角田9)の報告から、いずれの姿勢調節能指標および体力測定値 も年齢と比較的高い有意な負相関を示していることから、姿勢調節能指標と筋力との間にみられた有意な相関係数は年齢が介在 した結果とも思われる。
 そこで、本研究では姿勢調節能力を調べる検査として繁用されている重心動揺の測定とフィールドで簡便に行われる片足立 ち保持時間の測定との関連およびこれら姿勢調節能力指標と筋力(握力、背筋力)との関連を調べた。
 まず、開・閉眼による両足立位姿勢による重心動揺軌跡長や動揺面積であるが、立位姿勢保持時間が20秒5)であったり30秒9)で あったり、報告者によって異なるため実測値を単純に比較することはできない。そこで、本研究の総軌跡長の閉眼/開眼時測定値の 比を木村たち5)の60〜69歳代の値に比較したが有意な差異はなかった。木村たち5)も60〜89歳までの女性の重心動揺軌跡長の ロンベルグ率にはまったく年齢差がないことを報告している。
 ロンベルグ姿勢での重心動揺の測定は迷路系を中心とした平衡機能検査の代表的なものであり加齢に伴い動揺距離や面積が 増し3,7)、片足立ち姿勢維持能力とは異なると思われる。それを裏付けるかのように、本研究で測定された開・閉眼重心動揺検 査結果(LNG、LNG/T、LNG/E.A.)と片足立ち保持時間との間にはまったく関連がなかった。したがって、片足立ち保持時間の測定は重 心動揺の測定の代用にはなり得ないと思われる。本研究での開眼片足立ち保持時間はほとんどの者(77.8%)が120秒以上保持でき た。閉眼片足立ち時間の平均は45.5±32.9秒で、木村たち5)の60〜69歳代の値13.3±13.3秒に比較し有意(p<0.001)に長かった。閉 眼片足立ち保持時間は加齢に伴い明らかに低下するが、橋詰たち1)は、両脚の静的立位姿勢保持に比べ片足立ち立位姿勢保持時間 はより動的な姿勢調節能力を反映すると推察し、重心動揺とは明らかに異なる性質の機能を測定していることを示唆している。
 次いで、筋力指標として簡便に測定される握力、比握力、背筋力、比背筋力と開・閉眼重心動揺および片足立ち保持時間との関 連を調べた。それぞれ姿勢調節能指標と筋力指標との間で単相関分析を行ったが、いずれの項目間にも有意な関連性は認められ なかった。そこで、各筋力測定値に基づいて筋力の低い群、中等度群および高い群の3群に区分し、各姿勢調節能指標を比較したが 、いずれの群間でもまったく有意差は認められなかった。本研究で測定した握力や背筋力測定値は1つの筋力指標ではあるが、姿 勢調節に関連する筋機能を直接反映するものではないものと思われる。木村たち5)は、年齢補正した場合に開・閉眼片足立ち時 間や重心動揺軌跡長と垂直跳びや握力などの体力との間の相関が低くなったり、有意な相関が消失することを報告している。 Whippleたち11)は、よく転倒する高齢者の脚筋群のピークトルクやパワーが低下していることを報告しており、転倒し易い者は 脚筋力が低下していることは事実であろうが、脚筋力低下に起因した姿勢調節能低下の程度を握力や背筋力測定値から推定す ることは困難のように思われる。


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