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 考  察
 本研究では、全力運動時のパワー発揮能力をテストするものとして、間欠的全力走を採用した、走動作は最も基本的な身体運動の 1つであり、様々なスポーツ活動の基盤をなす。それゆえ、先に述べたような実際のスポーツ活動における運動形態を模倣したパワ ーテストということに加え、全力走中の力、速度およびパワーを測定することにより、スポーツの遂行能力を力学的指標に基づき評 価しやすいことが予想された。事実、予備実験の結果において、本研究で用いた測定システムにより得られた走速度と50m走速度と の相関係数が0.94であり、この値は全力ペダリングにおける発揮パワーと短距離走の成績との間に報告2)されているもの(0.69〜 0.90)に比べ高い。また、全力走によるパワーテストとしては、本研究で用いた測定システム以外に、階段駆け上がり(Mar-gariaテスト) あるいは自走式エルゴメータによる方法が試みられている。そのなかでMargariaテストを用いた研究4,6,23,24,25)の結果に よれば、体重当たりのパワーの平均的な発揮水準は、男子の場合に、非競技者が約13〜15W/?,競技選手が約15〜16W/?である。また、 自走式エルゴメータを用いた研究16,17)では、競技選手を含む活発な成人男子の6秒間全力走の平均パワーとして、10W/?前後の 値が報告されている。本研究において得られた成人のMP/Wtの最大値は平均8.9W/?であり、Margariaテストあるいは自走式エルゴ メータにより観察されている値に比較してかなり低い。このような測定値そのものの違いについては、被験者の特性あるいは測定 方法が報告者間で異なるため言及することはできない。しかしながら、Margariaテスト3,4,8,26)あるいは自走式エルゴメータによ る全力走1)の測定成績と短距離走の成績との相関関係を検討した研究結果によれば、両成績間の相関関係はr=0.23〜0.71の範囲 にある。このような相関係数の水準との対比から判断する限りでは、本研究で用いた測定システムは、走動作を基盤とするスポーツ の遂行能力を力学的な指標に基づき評価するうえで妥当なものであると考えられる。
 本研究の結果において、作業前半のMF/Wt、MVおよびMP/Wtは、いずれも成人が高校生より有意に高い値を示した。しかし、作業後 半のそれらの値には有意なグループ間の差が認められず、結果的に各測定パラメータにおける低下率は、高校生が成人より有意に 低いものであった。本研究の被検者の場合に、身長に有意差は認められないが、体重は成人が高校生より有意に高い。それゆえ、作業 前半のMP/Wtにおける成人と高校生の差は、筋量における違いに起因するものであることが予想される。しかしながら、50回の全力 脚伸展動作における出力を、筋力トレーニング群と長距離走群で比較した先行研究21)の結果によれば、単位筋断面積当たりの出 力は、作業前半の場合に筋力トレーニング群が,作業後半では長距離走群がそれぞれ高い値を示す。このような結果を考慮すれば、 本研究で観察された発揮パワーにおける成人と高校生の差異は、筋の量よりもむしろ質的な要因を反映したものであるといえよう。
 発揮パワーにおける高校生と成人の違いを説明するためには、まず、本研究で実施した間欠的全力走中のエネルギーの供給状態 について言及しておく必要がある。山本と金久38)の報告によれば、間欠的全力ペダリング(5秒運動、10秒休息、20回反復)における 発揮パワーは、4試行目までは無酸素性パワーと有意な相関関係にある。しかし、5試行目以降の発揮パワーは無酸素性パワーとの 間に有意な相関関係はなく、有酸素性パワーとの関係が強まる。また、自走式エルゴメータによる間欠的全力走(6秒運動、30秒休息、 10回反復)を球技選手と持久走選手に適用したHamilton et al.17)は、作業後半の酸素摂取量が最大酸素摂取量の70%前後まで達し、 発揮パワーの低下率は持久走選手が球技選手より有意に低いと報告している。本研究では、エネルギー供給能力に関する生理学的 指標を得るための測定を実施しておらず、テスト中のエネルギーの供給状態について明確にすることはできない。しかし、山本と金 久38)およびHamilton et al.17)の報告を参考にする限りでは、テスト中のエネルギー供給系として、作業の前半では無酸素系が、後半 では有酸素系がそれぞれ優位に貢献しているものと考えられる。仮にそれが事実であるとすれば、作業前半のMP/Wtにおける高校 生と成人の差は、無酸素系エネルギー供給能における違いを反映したものであるといえる。
 文部省体育局生涯スポーツ課による1996年度体力・運動能力調査結果27)によれば、50m走の平均速度、男子の場合に19歳でピ ークとなるが、14歳の段階ですでにピーク値の97%の水準に達する。また、WingateテストあるいはMargariaテストによって測定され た無酸素性パワーは、体重あるいは除脂肪体重によって正規化した場合、14、15歳前後まで年齢に伴い増加するが、16歳以後に大き な変化はみられない。さらにSaavedra et al.32)も、90秒間の最大努力での連続脚伸展屈曲動作における出力の発達について検討し 、大腿部の断面積および除脂肪体積当たりの値には、14、15歳以降に年齢による有意な変化が認められないと報告している。しかし、 18歳以下の発育期競技選手を対象にした研究によれば、Wingateテストによる発揮パワーは同年代の非競技選手にくらべ有意に高 く36)、短距離走選手と長距離走選手との比較において、平均年齢11歳では有意な種目差が存在しないが、平均年齢14歳の段階で短 距離走選手が長距離走選手より高い34)。また、Cadefau et al.5)は、17歳の短距離走選手における8ヵ月間のトレーニングの結果とし て、解糖系酵素の活性度に有意な増加を観察している。このような報告を考慮すれば、自然発育に伴う体重あるいは除脂肪体重によ り正規化したパワーの発達は14、15歳前後までであると考えられる。


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