ところが、産業革命以降は、石炭というのを使い始めたわけです。特に工業用に石炭を使い始めた。それまでも暖房用には石炭を使っていたわけですが、産業革命以降は動力源としてその石炭を使うようになった。その結果、実は大気中の二酸化炭素の濃度がどんどん上がって、そしてその産業革命までは280ppmだったのが、今現在は360ppmぐらいまで高まっているわけです。そして、気候、あるいは気象学の専門家によると、2100年に550ppm以下に抑えないと大変なことになると。そういうことを科学者が言うわけです。
それを受けて、それでは、なるほどわかりましたと。2100年の大気中のC02の濃度を550ppm以下に抑えなくちゃいけない。そうすると、例えば2010年までの、向こう12、3年の間に、一体、二酸化炭素の排出量をいかほどにコントロールする必要があるのかということを、今度は科学者のみならず、経済学者や技術者などが意見を出し合って決めるというのが、次のステップになるわけです。なぜなら、どうして経済学者がここに登場するかといいますと、もちろんこの二酸化炭素の排出を削減しようと、あるいは抑制しようとすれば、当然いろんなお金がかかるわけです。その費用があまりにもかかるようだったら、これは大変なことですから、それをきちんと計算して、何が可能なのか、どこまでの削減ならば可能なのかという意見を出すべきなのです。同じく技術者も、例えば1O年先、20年先、30年先にはどんな技術が利用可能であるかということについて、やはり技術者の意見も尊重する必要があるわけであります。
ところが、日本では、官僚たちが勝手に決めているわけです。例えば、先ほどちょっと時間の都合で省略いたしましたが、日本はある提案をしたわけですが、その提案というのは、実はその科学者とか技術者とか、あるいは経済学者の意見を一切聞くことなく、官僚たちが勝手に決めている。これは、日本は非常に変わった国だということになるわけです。例えば京都会議のときに、各国の代表団というのが、当然各国とも代表団が来たわけですが、その代表団の中には、例えばアメリカとかカナダとかイギリスの代表団の中には、NGOの代表とか、あるいはその専門家が何人か必ず入っているわけです。日本は、すべて官僚だけでその代表団を構成しており、非常に特殊だったわけです。
ここで、次に、その排出権取引、それから共同実施、クリーン開発メカニズムといった京都議定書で定められた国際制度について、簡単にご説明申し上げたいと思います。
先ほど日本は6%削減することが義務づけられたというふうに申し上げましたが、そのことを別の言葉で次のように言い換えることができます。日本は、2008年から2012年まで、目標年次ですね、この5年間に有効な次のような排出権、つまり排出する権利を与えられた。要するに、いかほどの排出権を与えられたのかといいますと、1990年の排出量×O.94、つまり94%ですね、6%削減するわけですから。その5倍の量を、5年間ですから、排出する権利を日本は与えられたというわけです。
他方ロシアは、1990年の排出量×1.Oと。つまり、削減率はゼロ%でいいというわけですから、×1.O×5に等しいだけの排出権を与えられたことになるわけであります。そうしますと、ロシアというのは、今現在、1990年の排出量に比べて、なんと30%も削減しているんです。これは、意図的に削減したわけでは無論なくて、意図せざる削減なんです。どういうことかといいますと、とにかくロシアはその経済が本当に破綻をきたすような状況にあるわけです。それで人々の生活水準もどんどん下がるということで、その結果、いわゆる二酸化炭素を排出する排出源である化石燃料の消費が、がた減りになって、その結果1990年に比べて、30%も今排出量は減っているわけです。そして、あと12年かかって、12年後にその90年のレベルにすればいいわけですから、ものすごく楽に目標は達成できるだろうというふうに予想されます。
そうしますと、ロシアは排出する権利が余るわけです。そして、余ったものをどこかに持っていって売ったらどうかということなんです。逆に日本は、先ほど申し上げましただけの排出する権利が与えられたわけですが、どうしても足りなくなる。足りなくなったら、どこかから買ってこようと。これが、排出権取引なんです。
つまり、そんなことを認めると、各国とも努力しなくなる。特に日本やアメリカが努力しなくなるからよくないんだということを、発展途上諸国は京都会議で言っておりましたし、同時にその京都議定書の中には、この排出権取引はあくまでも補足的であると、サブリメンタリーであるということが明記されてるんです。つまり、最初から排出権取引をあてにしてちっとも努力しないのでは困りますよというわけです。一生懸命努力して削減したけれども、どうしてもその義務が果たせなかったら、そのときにその排出権取引で買ってくるということ。あくまで補足的なものとしてわきまえなければいけないということが、これは議定書にも明記されているわけであります。