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『黒い雨』でございます。そして、海外で環境問題を最もわかりやすい形で書いてくれたのが、ジャン・ジオノという作家だと思います。『木を植えた男』の作者でございます。絵本が出ております。本屋さんに行きますと、児童書のコーナーではもう平積みになっております。皆さんご覧になってなくても、皆さんのお子さんはきっとご覧になっているんじゃないかなと思います。

 『木を植えた男』のストーリーは簡単でございます。今から80年ほど前、1人の若者が旅をしております。南フランスのプロバンスの古い山並みの道を歩いております。海抜1200メートルほどのそのあたりは草木もまばらでございまして、生えているのは野生のラベンダーばっかり。荒れ地でございます。昔は村があったらしいんだけれども、今は廃嘘になっております。井戸も涸れ果てております。あたりには人影もない。ただミストラルという強い風が吹いているだけ。若者は3日間歩き続けました。はるかかなたにようやく人影を見つけた。1人の羊飼いの男でございます。30頭ばかりの羊を飼っております。男に水を飲ませてもらったのがきっかけで、その羊飼いの男の山小屋に行って、一晩泊めてもらいます。この山小屋から一番近い村までは歩いて2日もかかるのだそうでございます。村人たちは樵(きこり)と炭焼きで生計を立てております。生活は決して楽ではありません。冬も夏も気候は大変厳しい。人々はいがみ合って、角突き合わせて暮らしております。嫉妬と競争心で無駄な争いごとばっかりやっております。村人たちの願いはただ一つ、この荒れた土地から1日も早く脱出をしたい。

 思い出していただきたいのは、先ほど聞いていただいた「さらば、惑星」で歌ったのは、この人たちのことでございます。21世紀、自然環境をめちゃくちゃに破壊した人類は、おそらく「ノアの方舟」号といった宇宙船に乗って地球を脱出していこうと。そういうふうにならなければいいなと思いますけれど。

 ところで、この羊飼いの男だけは、村の人々とはちょっと違っておりまして、脱出するどころか、かえってこの土地にとどまって何かをしようとしているふうでございます。何をしているか。選び抜いた丈夫なドングリを荒れ地に植えているのです。カシワの木を植えています。聞いてみると、3年前からドングリを植えている。10万個を植えて、そのうち2万個が芽を出した。男の名前はエルゼアール・ブフィエ、55歳。かつては平地に農場をもっていたそうです。家族と暮らしていましたが、一人息子が突然死んでしまった。間もなく奥さんも後を追ってしまった。男は天涯孤独になってしまった。まあ、それも神さまの思し召しで仕方がないと、羊と犬を友だちにしながらゆっくり年をとるのも悪くないかなというふうに思っていたのですけれど、ただ漫然とのんびり過ごすよりも
何か人のためになることをやりたいと思うようになった。木のない土地は死んだも同然ですから、不毛の土地に命の息吹をよみがえらせてやりたい。そうしてドングリを植え始めた。それからどうなるかは、どうぞ実際にご本を読んでいただきたいと思います。

 第1次大戦があり、第2大戦がありました。歳月は流れていきます。荒れていたプロバンスの大地は、いつの間にか緑に囲まれていて、かつて空井戸だったところには井戸水が溢れてきます。人影がいなかった村々にも村人たちが戻ってきて、笑い声が響くようになった。しかし、なぜこの昔荒れ地だったところが、急に美しい森に生まれ変わったのか、誰も知らない。木を植え続けていたこの老人は、1947年、バノンという町の養老院で、'人知れず89歳の生涯を閉じたというふうに原作ではなっております。映画になっておりますので、そのさわりをちょっとご覧いただきたいと思います。
(映画「木を植えた男」の上映開始)

 「動物たちの放牧地は谷間にある。羊飼いの男が斜面を登ってきた。私は、男が私の好奇心を咎めにきたのではないかと思った。しかし、それは思い過ごしだった。単に男の通り道だったのだ。男は、カシワの木を植えるので一緒に来ないかと私を誘った。ここはあなたの所有地かと尋ねてみたところ、男は違うと答えた。誰のものかも知らぬと言った。多分村の共有地だと思うが、もしかすると土地に無頓着な地主のものかもしれない。土地が誰のものでも、男にとってはどうでもいいことだった。男は100粒のカシワの実を注意深く植え付けた。男は、このようにしてすでに10万粒を蒔いたと言った。10万の実から2万の芽が出た。しかし、この芽を吹いた2万本のうち、厳しい大自然の中で何本のカシワの木が育つだろうか。いずれ動物たちにも若い芽を摘まれることになる。

 

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