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しかし、私の腹立ちはなかなか治まりません。道を歩いていても、ふっとあの頭の中にスクリーンに缶ビールの空き缶のイメージがふわっと浮かんでくる。それが小さくなればよかったんですけれども、だんだん増殖して、まるでエイリアンのようにのさばり始める。精神衛生上まことによろしくありません。なんとかしなければいけないと思いまして、そうだ、要するに頭の中のイメージを引き出して、二度と頭の中に戻らないように定着をしてやればいいんだ。イメージを引き出して、戻らないように定着をしてあげる。これを別名何といいますかといいますと、芸術というんです。例えば、絵の具と絵筆で定着をしてやれば絵画という世界になります。鑿[のみ]と粘土で定着してやれば彫刻という世界になりますね。

 私はシンガー・ソングライターでもございますので、音符でまず定着してあげようと思いました。つまり、歌を作ったんですね。「さらば、惑星」という歌を作りました。大変ペシミスティックな歌でございます。なにしろ、人類は21世紀に地球上の自然環境をめちゃくちゃに破壊したその揚げ句、地球というふるさとを捨てて、よその天体にロケットに乗って集団移住するという、そういう内容の詞でございます。ちょっと、私が作詞した「さらば、惑星」という歌をご披露いたしますと、「飛び立つ船の窓の下に広がるふるさとの山よ、河よ」、飛び立つ船の船というのは宇宙船の意味ですね。飛び立つ宇宙船の窓にずうっと地球の山と河が広がっていると。「いつか友と遊んだ緑の草原。今は何もかもが死に絶えた。窓に頬寄せ、声もたてず泣いている恋人よ、あの星を殺したのは誰でもない、君とこの僕。今は何もかもが遅すぎる。船が飛ぶよ、最後の船が。箱の形したぼろの船。荒れて汚れたふるさとを捨て、闇の空、あてもなく。青い海よ、魚の群れよ、白い雲よ、歌う小鳥よ、世界は昔美しかった。光り輝いていた。船の窓のはるかかなた、遠ざかるふるさとの山よ、河よ、いっか友と遊んだ緑の草原。今は何もかもが死に絶えた。さらば、地球。さらば、ふるさと」と、こういう歌でございます。

 それでは、そのときに私が映した環境映像をまずご覧いただきます。
(環境映像ビデオ「珊瑚礁空撮」上映)

 大変美しい緑のジャングルが広がっておりました。その周りが美しい珊瑚礁でございました。この映像に、今ご紹介いたしました「さらば、惑星」、私が作詞して歌っている歌でございますが、これを重ねて、見ながら聞いていただきたいと思います。
(環境映像ビデオr珊瑚礁空撮」上映。「さらば、惑星」の歌が流れる)

 この歌を作ったときの、あるいはこのBGVを撮影したときの、ある体験を、あとで小説に書きました。つまり、映像にもしました。絵も描きました。ビデオも作りました。それでもまだ怒りが収まらないので、最後の最後に、そうだ、日本語があったなと思いついて、100枚の原稿用紙にその一種の絶望感を書いたと。それが、読み直してみますと、どうやら小説のようになっていた。『サンセット・ビーチ・ホテル』というんですけれども。それを出版社の人間に見せましたら、おもしろいじゃないかということで、『文学界』に載ってしまった。載ってしまったその作品が、その年の芥川賞の候補作にもなってしまった。候補作になりますと、もう1作書いてくれといわれます。で、もう1作書きました。そのようにして、次々書いていっているうちに、いつの間にか作家になってしまったというわけでございます。

 最初の『サンセット・ビーチ・ホテル』のテーマは死の灰、あるいは宇宙廃棄物。これがテーマでございました。2作目は『サンライズ・ステート・ビル』というんですけれども、これはニューヨークを舞台に書きました。テーマは都市の再開発と、あるいは文明と環境破壊というふうなテーマでございました。3作目は『ヴェクサシオン』というのですけれども、これはフランス語で癪の種という意味ですね。このテーマは、ストレプトマイシン難聴という病気がございますけど、耳の聞こえなくなった少女のラブストーリーでございます。今風にいうと薬害の話でございますね。そして、4作目の『尋ね人の時間』で芥川賞をいただきましたけれども、このテーマは人口問題でございます。つまり、新井満というものかきは、一貫して環境問題を追求してきた環境問題作家というふうにいっていいんじゃないでしょうか。80年代から90年代にかけて、時代とどう関わってきたか。それはもう環境問題であったということでございます。

 日本で環境問題をテーマにした作家は、やはりなんといっても井伏鱒二さんだと思います。

 

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