日本財団 図書館


デパートとか空港のロビーとか、銀行、大きな病院、待合室、カフェバー、会議室。それからある病院では末期がんの患者さんのためにずっとこの桜を映すというふうなことがあったんだそうでございます。それから、禅寺の坊さんにとっても、座禅用にも、これはいいんじゃないかというふうにおっしゃったお坊さんもいらっしゃいます。いろんなところでこれが使われ始めました。

 このBGV、環境映像がなぜこの数年人気が出てきたかと。一つだけその理由を考えますと、日本中の自然環境が悪化したからなんです。例えば島国日本には、自然のままの海岸線と、人工の海岸線(テトラポットですとかコンクリートで固めた)とがあります。自然の海岸線の率と、人工の海岸線の率は、環境ビデオを作り始めた頃は50対50だったのが、今や逆転、40対60。情けないことに、人工の海岸線のほうが多くなってしまった。

 世界的な韓国のビデオ作家で、ナム・ジュンパイクという人がおりますけれども、彼はこういう皮肉めいたことを言っております。「世界中でBGV、環境映像が商品化できたのは日本だけだ。その背景には、貧しい住宅と、貧しい都市環境がある」。ですから、この環境ビデオが普及しても、ちっとも私はうれしくないのです。

 環境ビデオを作っていましたことがきっかけで、私が作家になることができたという話を次にしたいと思います。日本中の環境ビデオの次は、いよいよ海外にも出ていこうと。何を最初に撮ろうかと考えました。私、日本海側の新潟の生まれでございますので、昔から海が好きでございます。そうだ、海を撮ろうと。世界一美しい海を空中から撮影しようではないか。チームを編成いたしまして、ミクロネシアの東の端の島へまいりました。珊瑚礁を撮ろうとしたわけでございます。島に1機しかないセスナ機をチャーターいたしまして、高度500メートルの上空から撮影をいたしました。眼下には、もう大変美しい、もう世界一美しいといってもいい珊瑚礁が広がっております。夢のように素晴らしい風景でございました。ブルーのグラデーションがずうっと続いてる。この風景は、神さま、あるいは鳥ぐらいしか見られない風景でございます。もう涙が出るぐらい、大変美しい風景でございました。

 このまま終わっていれば、私は小説を書く必要なかったのでございますけれども、ちょっとした事件がございました。撮影が無事終了いたしまして、明日はいよいよ帰国という日になりました。最後の日でございますので、私、プロデューサーとして、撮影隊のメンバーに、きょうは1日バカンスにしょうということを宣言しました。そうしましたら、撮影隊は全員ダウンタウンのほうへお土産を買いにいきました。私1人だけラグーンのほとりに建つちっちゃなホテルにおりまして、半日ホテルの後ろに広がっているラグーンで海水浴をしたことがございます。大変静かな、波一つないラグーンでございまして、そこにこう仰向けになって、大の字になりまして、ぷかーっぷかーっと浮かんでおりました。実に気持ちがいい。で、今度は反転をいたしまして、ごろんと反転しまして、今度はうつ伏せになってぷかーっぷかーっと浮いておりました。すると、数メートル先の珊瑚礁の岩と岩の間に、何かこうぴかーっと宝石のように光るものが見えます。一体なんだろうなと。何かこうすごく美しいきれいなものだなあと。潜りまして、手掴みにいたしました。で、それを持って海面に浮上いたしまして、改めて自分の手の中、自分が手で掴んだものをよく見ましたら、それは缶ビールの空き缶であったということがございました。

 しばらくの間は、その空き缶をぼんやり眺めておりました。ああ、世の中には悪いやつがいるもんだなあと。こんなきれいな、世界中で一番美しい礁湖、ラグーン。珊瑚礁の海に、一番見たくなかったごみですよね。ごみをポイをしたやつがいる。一体誰が捨てたんだろうと。キツネだろうか、タヌキだろうか。違うだろうなあ。おそらくそれは自分と同じ人間の誰かであろう。だんだん腹が立ってまいりました。要するに、おまえの仲間の人間の誰かが、この世界一美しい海の底に、世界一見たくなかったごみを捨てたんだ。一事が万事という言葉がございます。もし55億人の人間が1人1個ずつでも缶ビールの空き缶をポイと捨てたら、一体どういうことになるか。この地球という惑星はもうごみの惑星になるに違いない。こんなバッドマナーなことをやっていて、果たして人類はまともな21世紀を迎えることができるんだろうかと、そんなことを考えました。

 日本に帰りましてから、私はBGVのプロデューサーとして、「珊瑚礁空撮」という作品を発表いたしました。

 

前ページ    目次へ    次ページ






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION