当時は計画が着々と進んでおりまして、もうブルドーザーが入る直前になっておりました。当時の都市計画法ではこれを阻止できない。当時の内山抻奈川県知事が現地を視察されまして、いや、困ったことだと。これは頼るは地元の住民の人々の運動しかないと。ずいふん知事さんとしては思いきったことを言われるものだなと、私は当時新聞記者で記事を書きに行っていて思ったことがあります。それではということで地元の住民の方々が署名運動を始め、さらに財団法人鎌倉風致保存会というものを組織されて募金運動を始められました。
その時、この呼びかけ人の一人でありました小説家の大佛次郎さんが、「破壊される自然」というタイトルで昭和40年の2月8日から5回にわたりまして『朝日新聞』の学芸欄に随筆をお書きになりました。これは最初の方は第1回、第2回と、例えば当時は京都タワーか作られると。これに対して地元の、京都の文化人の方やそれからカソリックの神父さんたちか、これは歴史的景観を害するということで反対された。しかし建ってしまったわけですね。それから当時奈良では奈良の県庁の新しい建物ができたんですが、あの真ん中のエレベーターの部分が高くつきだしていると。遠くから見た場合に興福寺とか正倉院とか、そういう歴史的な建物のスカイラインの上に新しい近代建築の建屋が見えると。これはちょっとまずいと。あるいは平城宮の旧跡の裏の方にドリームランドという動物園ができましたが、そのコンクリートの猿山が大きくて東大寺の方から見た時目立つとか。あるいは三笠山の中腹に鉱泉ができて、そのネオンがまたたくと。「春日なる三笠の山に出でし月かも」とうたったところにネオンかまたたくというのはまずいんじゃないか。ということで奈良を愛する会、あるいは京都を守る会というようなのができておりました。その一環として古都の鎌倉でもそういう鶴岡八幡宮の裏山に宅地かできると、歴史的な景観が壊されるということを大佛さんは淡々とした筆致で書いておられましたが。
その最後に、5回目ですが、自分は最近東京の一番丁にあるイギリス大使館のフィゲスさんという文化担当の書記官からパンフレットをいただいたと。それを見ると、ナショナル・トラストという運動がイギリスにあるらしいと。3人の市民によって始まった運動だと。そして国民が募金を集めて、将来壞れるかもしれない自然や歴史的な環境を買い取って保存しているということでありました。私もこれを読んで、実に目からうろこが落ちるというのはこのことかなと思いました。ぜひイギリスに行ってこの状況を見、
日本の新聞に報道しようと思いました。それから5年たってようやく75年に海外に行くチャンスがありまして、さっそくロンドンのナショナル・トラストの本部を訪ねて、いろいろ取材したわけであります。これについてはもう最近ではナショナル・トラストというのは皆さん知っている方も非常に多いわけですが、当時はまだ非常に珍しかったわけであります。
一言で言えばナショナル・トラストというのは、「無秩序な都市化や開発の波から優れた自然や歴史的環境を守るために、広く国民に寄金を呼びかけてそれらを買い取り、あるいは寄贈を受けて、保護し、管理し、公開する」。この保護と公開といいますか、みんなにそれを見せると、そういう活動と言われております。そして、この「ナショナル」という言葉は「国家の」という意味ではないと。つまりこのナショナル・トラストは政府機関ではない、「国民の」という意味だというふうに言われております。「ナショナル」という言葉は非常に難しくて、「国家の」とかあるいは「民族の」とか「国民の」とか、いろいろな訳がその場その場であるわけですが、そういう意味であります。
その当時、けさも原文兵衛先生がおっしゃいましたけれども、イギリスは世界に先駆けて産業革命を行ったと。七つの海を制覇したわけですが、一方でイギリス国民の誇りとする自然や歴史的環境が壞されるという。これではいけないということで3人の市民、サー・ロバート・ハンター。サーの称号のつく弁護士さんですが、この人とオクタビア・ヒルどいう婦人運動家と、キャノン・ローンスリー。キャノンというのはイギリス国教の牧師の肩書きですが、牧師さんの、ハードリック・ローンスリーと。この3人の市民の話し合いから生まれたと言われております。後ほどこの3人の写真などをスライドでお見せしようと思います。最初は募金も少なく、やはり啓蒙的な団体であったんですが、最初に入手したのがイングランドの南の方にありまずアリフリストンというところにあります14世紀に作られた牧師の館。牧師館といいますか、