日本財団 図書館


日本もその一つでした。自由主義とは言われるけれども、どこが自由主義でしょう。歴代の主要な内閣は総合経済計画というのを立てます。計画に基づいて経済政策を進めていくんでしょう。完全ではないですが、社会保障というものもずいぶん大幅に行き渡ってきました。あるいはこんなに不況になりますと財政が出動してきますね。減税をやれ、金を使え、公共投資を増やせ、と言って財政が出てくる景気対策です。こういうのをポリシーミックスと言いますが、こういう形の総需要調整策がとられます。

 これらは自由主義のものでは絶対ないんです。社会主義から出てきたものです。全部基礎は社会主義から出たものです。総需要調整策の理論家として、日本ではケインズは有名で、そのケインズは政府自民党の経済学者みたいに考えられているけれども、ケインズはイギリスの労働党の経済学者ですよね。つまり社会主義政党の経済学者なんです。だからドイツでもケインズ理論を擁護するのは、ドイツ社会民主党です。SPDです。先のような諸政策は全部社会主義から出たものなんです。だから自由主義と言われている国々でも、自由競争が基礎ではあるが社会主義的な要素がたくさん入ってきているのが現実です。そして、それらはほとんど行政によって担われます。だから、いわゆる自由主義の国々にはいつも、行政が背景にあるところの公共的なセクターがいろいろな形で組み込まれておるというのが現実ですよね。つまり、市場セクターが基礎になりますが、公共セクター、これを担っているのが行政ですけれども、そうした公共セクターがいろいろな形で組み込まれておるわけです。だから先進諸国の21世紀の支配的な社会秩序は、市場基調の混合体制になる。これは間違いありません。確言できます。

 ところがもう一つ目立ってきた大きい動きがあるんですね。何かというと、一頃盛んに追い求められていた、いわゆる福祉国家というものが破産してしまったことです。日本の例を考えましょうか。これには、戦後の歩みを振り返ってみる必要があります。日本は戦争に負けて一夜明けますと、民主主義が錦の御旗になった。私は大学の1年で戦争に行った世代ですから、あの時期のことはよく知っているつもりです。民主主義というのは、戦前はむしろどっちかというと賊軍旗でしたね。あまり民主主義と言っていると警察からにらまれたわけです。戦後はそれが錦の御旗に変わったんです。しかし、そのさい基本になったのは個人主義でした。戦後のいわゆる人権憲法を書いたのはアメリカですし、アメリカは自分の持っている個人主義的な考え方を基礎に据えたわけです。逆に言うと、戦前の日本を支えていた共同体を切り崩していきました。それまでの日本を強くしておったのは、家族共同体であり地域共同体であり国民共同体だったわけです。広い意味のコミュニティーです。これが日本を強力にしておったんですが、それを切り崩すということがアメリカの一つの重要な占領政策でしたね。だから個人を前面に出した。アメリカが理想とするところは個人主義的ですから、必ずしも悪意でやったとは言えませけどね。

 しかし結果はどうなるでしょう。個人が前面に出て、民主主義といいますとちょうど憲法がそうであるように、初めから終わりまで人権が言われるんです。権利だけが言われるんです。コミュニティーが問題になりますと、義務とか責任が問題になるんですよね。全体が問題になった場合には義務とか責任が問題になるんですが、ほとんどそれはとんでしまいまして、個人が前面に立ち、従って権利ばっかりが言われてきたんです。人権はもちろん重要です。ことに、戦前しばしばそれが無視されてきただけに、人権の主張はいっそう重要でした。しかし、おかしいと思いませんか。ここで憲法論議をやるつもりはないですけれども、人間に生まれながらの権利があるなら、生まれながらの義務がなかったらおかしいんです。しかしそれはほとんど言われません。ただ、最近私にとっては嬉しいニュースがありまして、再来年ですか、2000年にOBのサミットが神戸で開かれるはずです。その時の主要テーマに、人間の住まれながらの義務ということを取り上げようということのようです。戦後50数年たってようやく義務の面も前面に出てきた。環境問題なんかそうじやないですか。自然の生態系を破壊して、人間が自分の好きなことをやるような権利が人間にありますか。人間の生まれながらの義務と関係があると思うんです。自然の生態系の中でちゃんと自分の生活を営んでいくというのは。ようやく最近、そういうものが意識されてき始めたということです。しかし、権利ばかりが言われてきたんです、戦後は。

 

 

前ページ    目次へ    次ページ






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION