
図6 図5と同じ場所。移植したヤナギ(1995年)。
これは洪水時の写真で、平素は乾いた陸上になる。
ではなくて、種の保存なんです。天然記念物級の大木を保存することは有意義ですが、しかしどんな立派な大木でも、いつかは枯れて死んでしまう。必要なのは、その大木の子孫がずっと生まれ続け、また次の大木ができていくような場を残すということです。今ある個体が移植によって生き残っただけで満足したら、それは本当の意味での多様性の保存にはならないのです。
琵琶湖には、かつては至るところに広いヨシ原がありましたが、現在ではもうヨシ原の面積は昔の半分以下に減ってしまっております。それにはいろいろな原因がありますが、一つは、沿岸の洪水を防ぐため、また琵琶湖の水を下流のための水資源としてより有効に利用するために、湖岸に堤を作ったからです。 湖岸堤といいまして、湖岸が低くて増水すれば溢れるような場所に、えんえんと堤を作った。ヨシ原は、そういう地形のところに特によく発達していた。それが堤の工事でなくなったわけです。
図7は、今から25年ぐらい前の琵琶湖北部の湖岸と、湖岸堤建設後の同じ場所との比較です。昔は、ヤナギの林があってその外側にヨシ帯があり、さらにその外側の浅いところには水草が一面に茂っていましたが、今はその大半がなくなった。それでも、ここにはまだ堤の外側にかなりヨシやヤナギが残っていますからよろしいんですが、場所によってはコンクリートの護岸がむき出しで続いています。

図7 琵琶湖北部の改修前(1971年)(上)の湖岸と
湖岸堤完成後の同じ場所(1989年)(下)。
こういう湖岸堤は、洪水防止のためには有効でありまして、つい数年前に水位が1メートルほど上がったことがあったんですが、堤建設以前に同じぐらい水位が上がった時に比べると、沿岸で浸水した面積は5分の1ぐらいに減っています。この堤の目的は十分に達成されているわけですが、一方では自然の湖岸をすっかり壊してしまったというマイナスが大きかった。そのために市民から強い非難があり、今ではこの堤の外側にまた人工的にヨシを植えて、ヨシ帯を復活させる事業も進んでいます。
この水草帯、ヨシ帯、ヤナギ林という沿岸の一組の生態系は、琵琶湖では非常に大きな役割を演じているのです。 琵琶湖にはたくさんの種類の魚がいて、沖で泳いでいるのもあれば、100メートル近い湖底で暮らしている魚も、沿岸に住んでいる魚もあります。しかし、ほとんどの種類がみな岸辺にやってきて卵を生むんです。そこで稚魚が育って、それから広い湖へ出ていく。だから、この水草帯やヨシ帯は魚にとって非常に大切な場所で、例えば琵琶湖の名物である鮒寿司の材料になるニゴロブナや、大変おいしいホンモロコは、どちらも琵琶湖にしかいない固有種ですが、沿岸生態系が壊されると困るわけです。こういう魚が現に非常に減っております。
渇水の時期に干上がった水草帯を歩いて見ますと、まるで敷きつめたように無数の貝がいるんです。カワニナ、タニシ、ドブガイなどなど。それほど沿岸帯では生物の生産量が高い。面積はわずかだけれども、湖全体を養っているともいえるでしょう。そこが壊されて減ってしまった。