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 しかし、自然が持っている環境調節作用はそんなに強力なものではないんです。非常に広い面積に自然が残っていて、初めてその力が発揮される。その作用にはいろいろなものがありますけれども、一つひとつの作用はそんなに強力ではない。人間が単一の目的のために作ったシステムと比べますと、それは人工システムのほうがずっと強力なんです。例えば川の縁に森林があると、それは洪水の時の害を軽くする働きがあるわけですが、洪水防止というだけなら、堤防を作るほうがずっと有効である。しかし堤防は、川べりの森林がやっているように、大気中の汚染物質をつかまえたり、あるいはいろいろな虫を養ってそれが川の中にいる魚を養う、水を浄化する、そういう働きは持っていないのです。自然のシステムの環境調節作用は、一つのシステムが非常に多様な働きをしている。個々の働きはそんなに強力ではないけれども、全体としては非常に大きな働きをしている。それが自然のシステムの特徴であります。だから、我々の地球、あるいは地域の環境をいい状態に保っておくためには、広大なな面積の自然を残しておく必要がある。それは、人工のシステムで置き換えることが非常に困難なものであります。

 従って、そういう自然の環境維持作用を重く見るならば、このような働きを持つ自然をできるだけたくさん残す努力をしなければなりません。これまで我々は、新しい開発をする時には必ず大規模な自然破壊をしてきたわけですが、これからは「文明の進歩はどうしても自然の破壊を伴う」という既成観念を捨てなければならないのではないでしょうか。我々が現在使っている、人間が占有している空間を高度利用することによって文明の進歩に対応し、自然はできるだけ手をつけないで残しておくことが必要ではないかと思います。

 ただし、その残っている自然も、これだけ人間がたくさんいるんですから、全然使わずにおくということはできないでしょう。例えば森林から木材を持っていくとか、そういう利用はせざるを得ないと思います。しかし、利用はしても、自然が持っている機能は保存せねばならない。また、その機能が発揮されるためには、自然の特定の構造が必要なわけですから、それを壊してはならない。つまり、自然の構造や機能が破壊されない程度に使っていく。近頃の言葉で言えば、持続可能な、サスティナブルな使い方をすることが必要になってくると思います。

 

生物多様性保存のために

 もう一つ、生物多様性の保存という目的があります。先年のブラジルで開催されたいわゆる地球サミット〜国連の環境と開発に関する会議〜で生物多様性条約というものが採択されまして、すでに多数の国が批准して発効しております。日本ももちろんそれに参加しています。そして、この条約の裏ずけとして、日本で絶滅しそうな生物を保護するための法律ができました。

 そういう関係だろうと思うんですけれども、何か近頃は、自然保護というと何よりもまず多様性の保存だ、多様性の保存とは滅びそうな珍しい動植物を保護することだと、短絡的に考える傾向があるようです。しかし、それは問題だと思います。数が少なくなった種が滅びていくのを防ぐことは、非常に重要なことですけれども、生物多様性の保存というのは、珍しい種だけを保護するということではありません。先ほど申しましたように、どんな生物の種も、みな生態系の中で他の生物といろいろな関係を持ちながら生きているわけでありまして、その種だけで単独に生きているのではない。もうほとんど野生がなくなって、植物園や動物園でしか見られないという生物がありますね。そういうのは別ですが、まだ野生状態で存在するような種であれば、その種を存続させようと思えば、どうしてもその種を生かしている生態系を全体として残さなければならない。いろいろな種類の違った生態系をできるだけたくさん残しておけば、ひとりでに多様性も保存されていくことになります。

 いろいろな開発事業の環境影響評価、いわゆるアセスメントが行われますと、決まり文句として非常によく出てくるのは、この地域にはレッドデータブックに出ているような種類の生物はおりません、だから全然問題はないという結論です。レッドデータブックというのは、ある地域について絶滅のおそれのある生物の種類をしらべたリストです。しかし、これは困るんです。なぜかというと、生態系はたくさんの種類の

 

 

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