わが国と海外にみるナショナル・トラスト活動の動向
木原啓吉
(社団法人日本ナショナル・トラスト協会副会長)
ナショナル・トラストとは次のように定義できる。「都市化や開発の波からすぐれた自然や歴史的環境を守るために、広く国民に寄金を呼びかけてそれらを買い取り、あるいは寄贈を受けて、保護し、維持し、公開する活動」と。19世紀の末の1895年に英国で3人の市民による話し合いから始まった。世界にさきがけて産業革命を行い、国運が発展した一方で、国民の誇りとする貴重な環境が壊されてゆく現実を前にして、国民が国民自身の手でこれらを守っていくことにした。
1O3年たった現在、会員240万人の巨大な非政府組織。「ひとりの人の1万ポンドより、1万人の1ポンドずつ」がモットー。年会費28ポンド、イングランドと、ウェルズ、北アイルランドの各地に2O0の歴史的建造物、230の庭園、550マイルの美しい海岸、運河や鉄橋などを資産として保有している。英国議会は1907年にナショナル・トラスト法を制定し、ナショナル・トラストに対し、資産の「譲渡不能・永久保存」の特権を保証するとともに、1931年以来、寄付者に対し、所得税や法人税の控除、さらに相続税の免除を認めている。
この市民運動は第二次世界大戦後、オーストラリア、二ュージーランド、アメリカなど24か国に広り、それぞれの風土に根ざした独特の活動を展開している。
わが国では1964年に鎌倉で始まった。鶴岡八幡宮の裏山の御谷(おやつ)に住宅開発が行われようとした時、歴史的景観を守るために市民が財団法人鎌倉風致保存会を組織し、募金を集めて、開発予定地の一部、1・5ヘクタールを買い取り、開発を中止させたのが第1号。呼びかけ人のひとり、作家の大佛次郎氏はこの市民運動は「過去に対する未練や郷愁のためではなく、将来の日本人の美意識と品位のため」と述べている。
北海道の斜里町では、知床半島の原生林の復元をめざして「知床で夢を買いませんか」と1口8000円の寄金を呼びかけて土地の買い上げ運動を始めて20年がたった。全国から4万8000人から、合計5億1800万円が寄せられ、開拓離農地は町によって買い戻され、原始の姿にもどそうと植林が続けられている。このほど目的を達し、これからは「知床で夢を育てませんか」をモットーに運動は新しい段階を迎えた。それを記念して97年9月に現地でアジア・オセア二ア地区ナショナル・トラスト国際シンポジウムが閧かれた。和歌山県田辺市では紀伊水道に面した天神崎の買い取り運動が、長野県木曾郡南木曾町では江戸時代からの中仙道の宿場町妻籠宿の保存・再生運動が、というように全国各地で住民によるトラスト活動が展開されている。また「かながわトラストみどり財団」 「さいたま緑のトラスト協会」「せたがやトラスト協会」「佐倉緑の銀行」など住民と自治体が協力して推進する活動が盛んになってきた。
前ページ 目次へ 次ページ