その一方で、今まで一応福祉事務所の窓口みたいなところにいて、いわゆる括弧つきの相談業務やっていた人たちが、先生がおっしゃったようにニーズレッドサービスをしてこなかったという。だからどちら側からも今の在宅を正面から受けとめるような理論土壌みたいなものがない。そこに問題があるのだと思う。」(白澤・竹内[1997:35])
また、フィンケルシュタイン氏は次のような指摘もしている。
「医療モデルに対する批判は様々な変化を導いてきたし、サービスが保健サービスから供給される医療に制御されたものから、コミュニティサービスの中で供給される社会的そして福祉的介入に移ってきたことを示す徴候が多くある。しかしながら、問題は、この移行が必ずしも障害者の自らの生活に対するより大きなコントロールに帰結するものではないということである。反対に、コミュニティを基盤としたサービス供給者達は、一般的にいって医療従事者達より、より広い視座から専門職的なアセスメントと介入によって障害者の生活の領域を定めてしまう。このことが、専門家が介入するために待機中であるという感覚を感じることなしに何かすることが障害者の側にはほとんど何も残されていないという状態にさせている。コミュニティワーカーは専門的なアセスメントをし、家の構造のこと、全ての人が近代的な生活のために必要としている設備の全範囲から、親密な個人的なまた性的な問題についての相談にいたるまで、ほとんどどんなことについても助言するためにいる。」(Finkelstein[1993:15])
*07 杉原他[1995][1996]。より詳細な報告書が刊行される予定である。自立生活センターとその活動については立岩[1995]
*08 cf. Sheppard[1995:34-54]。マネージャーが予算執行権限をもつことについては谷口[1992:13-14]等。
*09 cf. Bewley ; Glendinning[1994]、これを紹介するBarton[1996]。また次のような指摘。
「ニードを定義し、対応策を考案し、ニードが充足されるべきかどうかを決める最終的な責任は、地方自治体でアセスメントする人やケアマネージャーにある。…いくつかの調査結果によれば、ケアに関する決定が行われる際、サービス利用者は選択の余地がほとんど、あるいは全くないと感じている。」(Meredith[1993=1997:87])
イギリスにおける監査制度など権利擁護のシステムについては、長寿社会開発センター[1995]、平岡[1997a]等。
*10 第一の問題は、コミュニティケアという概念、コミュニティケア政策自体に関わるものである。コミュニティケア自体の中に問題が含まれていると考えるべきである、
イギリスにおけるコミュニティケア改革の6つの基本原則は、以下である。
1] 自宅で暮らす人々へのサービス
2] 介護者(carer)へのサービス
3] ケアを提供する際のアセスメント
4] ケアの混合経済
5] 責任分担の明確化
6] 公的な財源の有効な活用
2]について、家族等による無償のケアはこの中に組み入れられている。この点についてのフェミニズムの側からの批判としてDalley[1983][1988]、Finch[1984](Parker[1993]、Oliver[1990:76]に言及)。