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そしてたとえば介助サービスは、あればあればあるほどよいというような性格のものではない。福祉機器にしても不要な機器は場所をとるだけのものである。問題が生じうるとすれば、現金給付でなおかつ使途の捕捉が十分にできない場合に、使途以外の利用、つまり過剰な給付の可能性がでてくることである。ゆえに、この場合には申告制の採用はより難しい。だから、現金給付を手段として用いる場合には、このことについて検討する必要がある。ただ、例えば介助サービスについて各地に広がりつつある「登録ヘルパー制度」など、利用者の選択を認めた上での現物給付のシステムを採用すれば、余計な給付が行なわれる可能性は少なくなる。これらを検討することによって、資源の効率的な配分と、個々人の生活に対する自律性の確保の両立を可能にしたシステムの構築をめざす。

関連して、前項に述べたことを繰り返しておく。必要なだけ供給することが明確になっていないことが、実は社会的資源の有効な配分を妨げている。不安定なシステムのもとで、利用者は、サービスが切り下げられること、サービスが供給されなくなることを恐れる。だから、取れるうちに取れるものを取っておこう、一度つかんだものは離したくないということになる。だから、資源配分の合理性という観点からも、より障害が重くなり、より多くのサービスが必要になったら、「必ず」必要なだけのサービスを(利用者が希望するかたちで)供給するという原則が必要なのである。

決定が行なわれる場合には、その決定過程において利用者を支援する活動が認められなくてはならない。例えば、利用者と相談のうえ、サービス利用についての希望をとりまとめ、利用者と一緒に窓口まで行って担当者と協議する、等。同様に、決定に対する異議申し立てが認められなければならず、それをコンサルタントが支援する活動が認められなければならない。

 

(4) 家族の位置付け

一般的に、家族には利用者に対する情緒的なサポートが期待され、現実的にはケアの大部分を家族が担うという実際上のケアの担い手としての期待がある。確かに、利用者にとって家族は最も身近な存在であり、利用者の日常生活のことをよく知っているのも家族だろう。しかしながら、利用者の意向と家族の意向、あるいは、利用者本人の価値観と家族の価値観が、いつも一致するかといえば、そうとは言いきれない。私たちの経験からいっても、家族に自立を阻まれたり反対されたが今は幸せに暮らしている例は多数あり、家族が必ずしも味方ではないことを例証している。また、利用者の日常生活面の理解という点についても、例えば、家族といる時には遠慮がちである利用者が、介助者と一緒の時には積極的になるということもある。利用者と家族の意向が一致しないことがあるのは、障害者の自立生活特有のことではない。例えば高齢者の場合でも、病名の告知について、また自分の望む死の迎え方について、本人と家族の意向が食い違うことがある。

 

 

 

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