B 「ケア計画を作成するときに考える第一次的なことは、利用者本人の能力を最大限生かすことであります。次に家族が対応できることは何かを考えますが、家族の生活全般をとらえ、過重な負担にならないことに留意する必要があります。
利用するサービスは公的なサービスを中心に検討しますが、公的サービスによってニーズが十分に満たされない場合に、民間団体による非営利サービス、シルバーサービスなどの営利サービスの活用も検討します。
このほか、ボランティア、親戚、近隣の方々等によるインフォーマルサポートの活用も重要です。」(『ガイドライン』pp.12-13)
C 「作成されたケア計画を利用者(及び家族)に提示をし、その内容について合意形成を図ります。
また、利用できるサービスの提供先が複数ある場合には、すべてを列挙し、これらについて十分に説明して、最終的にどの提供先からサービスを利用するかについては、利用者及び家族の選択に委ねます。」(『ガイドライン』p.13)
Cで利用者及び家族(「及び家族」とすることの問題については後述)の「選択」に委ねるとある。しかし、A、よりはっきり書かれているものとしてはBの引用から明らかなように、それは、本人と家族「以外」に存在する複数のサービス提供主体の中から選択できるということである。つまり、当事者が、本人・家族・家族以外のいずれかを選ぶことができるというようにはなっていない(*10)。
「慢性疾患や事故等により、人生の中途で重度障害者となり、家族に重い介護負担が生じるケースが増加しています。このような場合や、幼少時期からの障害で家族が介護している場合でも、家族の高齢化や疾病により介護ができなくなったときは、従来、ともすれば施設入所にといった考え方がなされてきましたが、必要な介護等のサービスを利用することにより、地域社会においていままでの生活を継続できるように支援することが重要です。」(『ガイドライン』P.3)
これらの文言の背後にうかがえるのは、基本的に(本人がまず努力し、それで足りなければ)家族が担い、その負担が過重である場合に、「社会福祉サービス」が登場するのだという図式の存在である。しかし、家族の事情がどうであろうと、少なくとも成人して後は家族に依存することなく生活できることは、『ガイドライン』で掲げられる「ノーマライゼーション」の理念からも、当然のことである。この当然のことが、ここではわきまえられていない。
私たちが危惧するのは、福祉行政また福祉サービスの実務において、いまだにこの当然のことが当然のこととされていない状況があること、そしてその状況のもとで、この『ガイドライン』がまた福祉の現場と同じような発想で書かれ、この『ガイドライン』が福祉現場のあり方を正当化するような記述を行っていることによって、現場のあり方を追認し