これらのことは、最近日本で何冊も出されている概説書には書いてない。しかし、このシステムについて少し冷静に考えてみれば、当然ありうることである。
キープ氏はさかんに利用者とマネージャー=ソーシャルワーカーとの間の「信頼」の大切さを強調していたが、問題はそうした関係が確保されるようなシステムになっていないことである。ケアマネジメントが利用者に対して抑圧的に働いてしまう、そういう位置にケアマネジメントが位置づけられ、ケアマネージャーが位置づけられてしまっているのである。だから「信頼」は一種の願望としてしか語られえない。現実にその信頼が育まれているわけでないことは、ケアマネージメントを推進しようとしている人達も認めざるをえないのである。
(2) 検討されるべきことが検討されていない
例えばイギリスの現状が以上のようなものである時、ケアマネジメントはどうあるべきか、あるいは、こうしたシステムを採用すべきか否か。これは真剣に考えるべきことである。しかし、繰り返しになるが、この点は曖昧にされている。
「ケアマネジメントは、地域社会の中で、継続的なケアを提供する際に、サービス利用者のもつ生活全般にわたるニーズと、公私にわたる様々な社会資源との間に立って、複数のサービスを適切に結びつけ調整を図りつつ、総合的かつ継続的なサービス供給を確保する機能です。」(『ガイドライン』p.6)
「間に立つ」とはどういうことだろうか。マネージャーに権限がゆだねられるなら、一人一人が置かれている状況に対応して、マネージャーの裁量によってサービス供給の決定を行えることになり、それは好ましいことのように思える。現場で利用者の要望に応えた適切な支援を行うことができずに歯がゆい思いをしている人達が、権限を自らに与えるように主張することも理解できる。
しかし使える資源に制約がある限り、利用者の希望に沿えるようなサービスをつねに供給できるとは限らない。予算を決定するのが議会である限り、予算枠自体をケアマネージャーが変えることはできない。また予算の総枠が一定である時に優先順位をつけるといった場合にも、その順位のつけ方が個々のケアマネージャーによってばらばらであってよいはずはない。このような場合にどのように対応すべきだろうか。基本的には、普遍的で合理的な基準がまず設定され、それに基づいてはじめて個々の支援者が活動を行うことができるはずである。
公的介護保険の場合には「要介護認定」とその後の「マネジメント」とは独立して行われるようである。この場合には、総量が決定された上での調整という仕事がマネジメントの主な仕事になるだろう。では、介護保険にのらない身体障害者の場合にはどうなるのか。