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積とその知識を流通させるシステムの構築、これらついて当事者、当事者の組織の力は他を圧している。

さらに、自己に対する信頼の回復、自信の獲得のための支援に至っては、これは当事者とその組織しか行なってこなかった、行なえてこなかったものである。にもかかわらず、そうした人たちが事実上締め出された上で事業がなされるならば、それは税金の無駄使いということに他ならないと私たちは考える。障害者は、これまで高等教育の機会を与えられてこなかった、あるいは事実上教育の場から締め出されてきた。特に現在、障害者の生活をサポートする仕事の中心を担っている30歳代後半から40歳代・50歳代の障害者がこのような環境に置かれてきたのである。このような現状で、受験資格取得のための実習のあり方ひとつとってみても障害をもつ当事者を想定しているとは思えない「社会福祉士」の有資格者が優先的に配置されるとすれば、それは実質的に障害をもつ当事者を締め出すことにほかならず、有用な人材を登用する機会を逃してしまうということである。

 

(2) リハビリテーションへの疑いの不在

当事者が必要とするものに従来の専門職が対応できていない現状であるにもかかわらず、このことの指摘はなされていないし、反省はなされていない。むしろ、次のように書かれる。

「今後、地域における障害者の生活を支援するために実施されるケアマネジメントは、これまで蓄積されてきたリハビリテーションサービスにおける経験、技術が十分に役立つものです。」(『ガイドライン』p.15)

その「根拠」としてあげられているのは、第一に、リハビリテーションがチームアプローチとして行われており、それをコーディネイト(調整)する役割を果たしているのもソーシャルワーカー(リハビリテーション・ソーシャルワーカー)であるということ、第二に、リハビリテーションのプロセスがケアマネジメントのそれと共通しているという点である。しかしこれらは十分な根拠と思えない。さらに、私たちは次のような疑問を抱かざるをえない。

第一点は、リハビリテーションが最初に掲げられることが果たして妥当かという問題である。従来、リハビリテーションに対して、それがもっぱら身体的、個人的な側面に焦点を当て、個人のレベルで問題の解決、解消をはかろうとしているという指摘、批判があった。そしてこれは現在でも相当部分で妥当な指摘である。ただ、こうした指摘に対応して、一定の反省はリハビリテーション専門職内部でもなされてはきており、リハビリテーションという概念を拡張し、たとえば「社会リハビリテーション」が提唱されてはきた。そうであるべきかもしれない。しかし、やはりリハビリテーションを先頭に掲げることについては、懸念を抱かざるをえない。

 

 

 

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