題が指摘され、その人たちを退院させ地域で暮らせるように援助するということに改革の主眼があった(*02)。わが国においても、「社会的入院」の解消は必要であり、そのためには医療施設から地域での生活への支援策が必要になってくるのは明らかである。
しかし、この場合であっても、その支援は、医療、そして狭義の(身体に関わる)リハビリテーションが終ってからの支援なのであり、ゆえに、その支援の主体は、医療関係者であるよりは、福祉の関係者、というむしろ地域での生活の支援者であるべきだろう。
そして、こうした高齢の障害者以外の場合にはどうだろうか。多くの障害者は、日常的に医療を必要としているわけではない。もちろん、医療を必要としている人たちもまた、障害をもたなくても医療を必要とする人たちが多数いると同じようにはいる。そして彼らが医療サービスについての不満をもっていることも事実である。だが、それは障害者に対応する医療体制が不備であることに起因するものであり、それはそれとして解決されるべき問題である。医療は彼らの生活の一部時に重要な一部であることはあるがを占めるにすぎない。
そして、障害者が暮らしてきたのは多くの場合病院ではなく福祉施設であり、また親と一緒の生活である。病院から在宅へという移行過程にあたっても、その支援の中心を担うのは医療関係者ではないことを先に述べた。施設からの移行の場合、また親との生活からの独立の場合は、このことはよりいっそうはっきりしたことである。この過程への支援について、医療が関与する部分は非常に小さい。私たちが行ってきた支援サービスの経験から言っても、この移行の過程において医療に関わる部分は、緊急の場合も含む医療サービスへのアクセスの方法を生活する当事者とともに確認するといったものであった。また、生活していく上においては、医療サービスを必要とするいくつかの場面でそのサービスの利用を側面から支援すること、医療サービス利用において起こる、診療拒否や適切な医師が得られないなどの問題点の解決に協力することであった。
医師などがケアマネジメントの主導権を握ることがあってはならないと考える。また医療者により診断される身体状況に偏ったアセスメント、アセスメントのための基準が作られるべきではないと考える。ところが、この『ガイドライン』においてはそれほどでもないが、少なくとも高齢者ケアについては、この懸念が杞憂であると言い切れない状況である。すなわち、アセスメントを含むマネジメントにおいて医療関係者が重要な位置を占めようとしている。彼らが主導権を握る、あるいは重要な位置を占めるとするならば、それはどうしても、身体的な状況に着目したアセスメントになり、マネジメントになりがちである。これは彼らの有する知識や経験からはいたしかたのないことである。彼らは生活を支援するための知識を学校教育においてもまた実務からも得ていないし、また生活を支援する場合に求められる支援者の態度も習得してはいない(*03)。