障害者の機会均等化の法的な権利が問題に対処する方法となり、法律とその専門家が重視される。また、サポートやケアに関する規則の重要性も強調される。親が共稼ぎで、親のケアを埋めるために誰かがサポートする必要が出てくると、そのための規制が必要になってくる。そもそも自宅で家族や隣人や友人によって行われていたケアやサポートに対し、お金を払い、規制をしなければならないという、全く異なる問題が出てくる。このような国が法律や規則に基づいて行うものは、古い時代のコミュニティケアとは全く異なったものであり、私はこれを「規制されたコミュニティケア」と呼びたい。
現在のコミュニティケアではアセスメントが重視され、障害者は多くの部分で「評価」されてしまう。アセスメントによって法的な権利が付与されるので、アセスメントは法的な意味で重要になってきている。障害者はその法的権利を利用し始めており、障害者の関心は国の立法に向けられている。古い時代のコミュニティケアで重要なのは、非専門家の人たちの自発的なケアのなかで障害者の希望が配慮されていた点だ。しかし施設ではそのような配慮は行われていなかった。自分の望むように決めたいという障害者の希望は、人間として暮らしたいという希望である。しかし、施設ではそのような希望を持つ能力すら失われてしまう。
障害者は、本来はケアではなく、サポートを欲しているのだ。