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2 コミュニティケアは失敗している

 

例えば、共働きの夫婦は、食事を作らないで済むようにレストランを利用する。それが支援体制というものであるが、障害者がそのような体制を望んではいけないのか。障害者が自分に合った浴室を作ったら、特別なことなのだろうか。障害の無い人が自分に合った装置を作ったら文化として受け入れられるが、障害者が作ったら受け入れられない。

コミュニティケアは健常者が作った概念である。コミュニティケアを受け入れることは、障害者を一定の枠に押し込めることを受け入れたことになってしまう。誰もが人間としての権利を持って生きているのだから、その権利を行使していけるようにしないと、従属した関係が続くことになる。「人間として」と言ったが、障害者自身が定義した形で、障害の無い人たちをも助けなければならない。

コミュニティケアは、失敗している。コミュニティケア以外の方法でサービスを受けるべきである。実際に、障害者を施設へ戻そうという動きが出ている。コミュニティケアは後ろ向きの政策である。イギリスの現実を見ると、コミュニティケアはより安価なサービスの提供を可能にするものとして進められてきた。私たちは現実に在るものを拒否するのではなく、変えていかなくてはならない。ビジョンを持って立ち向かって行くしかない。

自立生活センターに期待することは多くあるが、そのうちの一つは障害者に経験を与えるということである。障害者には大きなことに対峙してきた体験が無いので、自立生活センターでの活動やサービスの技術を学習する中で、成長していくことが可能になる。コミュニティケアでは、この様なことは期待できない。障害者自身が社会サービスを管理できるかどうかが問題となる。もしそれが実現していたら、コミュニティケアや自立生活センターは必要なかっただろう。管理できていなかったからこそ、現実を少しでも良くするために、自立生活センターが生まれてきた。

南アフリカでは、サービスがなかった時代から、新政権下で社会サービスの提供が始まるなかで、自立生活センターのような運動が必要になってきている。ケアを受ければ受けるほど経験や能力が伸びないという点は、常にジレンマとしてある。これは障害者自身が解決すべき問題であり、障害の無い人が考える解決策には疑問を持たなくてはいけない。

世界的にコミュニティケアは実現していない。WHO(世界保健機構)も失敗している。イギリスは福祉国家と言わていたが、専門家が権限を与えられていただけである。1970年の慢性疾患・障害者法の時にも、専門家に権限と財源が渡されただけで、障害者には渡されなかった。障害者に財源が渡されていたら、事態はもっと変化していただろう。ダイレクト・ペイメントは、障害者がケアを管理できていなかったためにつくられた制度であるが、この制度により障害者が管理能力を勉強できることは、一つの成果であろう。

 

 

 

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