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第4章 コミュニティケアの哲学と展望

 

〔講師〕

(英国通信制大学教授、元DPI世界評議員)

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ビック・フィンケルシュタイン氏

 

1 自己紹介に代えて

 

私は、南アフリカで生まれ、学校時代に事故に遭って障害者になった。

初めは建築を学び、その後、臨床心理学を専攻した。南アフリカでアパルトヘイト運動に参加して6年間投獄され、1960年代に政治難民としてイギリスに来た。当時は、イギリスのサービスは優れていると考えていた。イギリスの人たちがこの国のサービスは最悪だと不平を言っているのは、南アフリカの人たちが政府に対して不平を言っているのと同じだと思った。障害者の運動は、イギリスにおいてのアパルトヘイト運動だ。南アフリカのアパルトヘイト運動を経験した者とイギリスの障害者運動を担う者とが、ここで出会ったのである。

障害者が社会で活動しにくいのは、社会に壁があるためである。障害者に対する施策については警戒する必要がある。自立生活センターを例にとって考えると、障害者の差別に反対するための運動なのか雇用するための運動なのか。革命というのは変革の問題で、私たち自身の自己変革や再考が必要である。私たち自身が、かつて婦人解放運動をしたような同等な権利を獲得するための運動を展開しなければならない。 

「統合」と「同化」の違いについて考えて見よう。私は、1960年代終わりに新しい政治団体を作ったり、解放を求める運動をすすめた。また、障害者研究の基礎となる研究を始めた。大学で開設した最初のコースの名称は「社会の中の障害者」だった。専門家を集めて、障害者も授業を受けることできる機会を増やした。統合とともに解放も目指した。コースの名称を「障害を起こす社会」と変更した。このようなコースを作らせてくれた通信制の大学は1970年代に始まった。もちろん最初から障害者を排除しなかったので、多くの障害者が参加してきた。そのような状況は、イギリスの大学に大きな影響を与えた。障害のことを教える教師が必要だということも明らかになった。専門家が障害の分野で知識を得ることが求められた。

南アフリカで投獄された時、私は逃亡する手段を持ちえなかった。どんなに保釈金を積んでも、思想自体が危険とみなされて釈放の許可が出なかった。金銭的なことよりも、思想や考え方の方が社会に大きな影響を与えるということだ、教育のなかで教えるのは理論だが、その理論は障害者の人々に大きな影響を与えた。理論がなければ彼らは地域のなかで自立した生活を送ることができなかったはずだ。また大学のテキストとして障害者の著書が出版されたことは、障害者の声に耳を傾けなければならないという権威づけにも役立っている。障害者の著書は、障害問題についての理解という点で健常者のものよりすぐれている。

 

 

 

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