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ビア人がアメリカ・カナダへの亡命を希望するのか、三国間輸送のコンテナー船に密航者として乗り込まれたケースが発生しています。ヨーロッパ諸国でも安心はできません。

ここで、二、三例を挙げてみます。

東アフリカのモンバサ港を出港したギリシャ船が、航海中、二十名の密航者を発見しました。次の港まで連れて行くには大きな問題があると考えた船長は、インド洋のモルヂブ諸島に本船を近づけ、泳いで島へ渡れと海に蹴落としたケースでした。後日、鮫に食べられたのか半数の密航者がモルヂブ島に泳ぎ着き、当局に訴え出て国際問題となり、その船長は逮捕され、国際裁判にかけられました。

日本船での話です。西アフリカ、ガーナのテマ港を出港した日本船が、アイボリーコーストのアビジャン港入港直前に密航者を発見しました。アビジャンの官憲に密航者の引き受けを拒否された船長は悩みに悩み上げた末、密航者を乗せたまま次港のカメルーンのドアラ港向け、出港しました。密航者の港であるテマ港に近づき、木製のパレットで筏を作り、水と食料を与えて海に流したのです。近くで操業していた漁船に助けられたその密航者は官憲に訴え出て大きな問題となりかけました。

ちょうどその頃、西アフリカ航路に就航していた私に、会社より、「事件の収拾のため一肌脱いでくれ」と頼まれ、テマ港に向かいました。テマ港入港後、当局に「密航者を海に流したことは問題と思うが、水と食料を与えて、筏に乗せ、密航者の国に返したのだから、ここはひとつ許してやってくれないか。その代わり船上パーティーをやりましょう」と。日本大使館、テマ港の官憲及び関係者、ついでに荷主まで招待し、大パーティーをして事なきをえました。その密航者は来ませんでした。

最後に、一九九二年、バハマ国籍(乗組員はウクライナ人)の船がガーナのタコラジ港を出港し、フランスのルアーブル港向け航海中、七人の密航者を発見しました。船内で暴力を加え、半死半生の状態で海に叩き落とした事件でした。そのうちの一人が助かり、当局に訴え出たため、本船、ルアーブル入港と同時に、フランスの官憲に、船長及び、暴力を振るった乗組員は逮捕され監獄に投獄されました。

これは、イギリスのBBCのテレビ放送で取り上げられ、「デッドリーボヤージ」というテレビ映画化されました。

このことは、人道的には問題となりますが、少なくとも投獄するだけではなく、正しい裁判を受けさせて欲しい旨、(社)日本船長協会も加盟してます国際船長協会連盟から、嘆願書を提出したところ、一九九六年に裁判が行われ、無期懲役の刑となりました。

 

我々は、細心の注意を払いながら、安全運航を続けておりますが、いろいろな関係法規を遵守することが大切なことと思います。しかしながら、日本人船員がどんどん減っていく現状では、だんだん安全運航も難しくなってくるのではと苦慮しています。

シンガポール、マラッカ海峡で、日本籍船は四隻しかやられていませんが、日本人が乗船している外国籍船では(パナマ、リベリア、シンガポール籍船等)、やられているケースもありますが、表の中には出てきておりません。

 

 

 

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