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は自分の国の責任ではないと主張してきたからだと思います。現在では三国が協力して警備に当たっています。

昔のように、髑髏の旗を揚げて「俺は海賊だ。今から行くぞ」なんてものではなく、夜間、何も警戒していない船の後ろから乗り込み、船長初め乗組員を縛り上げ、船長室の金庫を開けて金品を巻き上げ逃走するケースが多かったようです。不幸中の幸は、未だ、日本人の乗組員が殺傷されたケースはありません。

しかしながら、武器・銃器等を携帯できるような国の乗組員が、逆に殺傷されたケースもあります。

 

先程もお話しいたしましたが、このマラッカ・シンガポール海峡の航行安全確保のために日本が約百億円出資し、ブイの設置、整備、測深されたことにより、ペルシャ湾にて原油を積載したオイルタンカーが両海峡を安全に通峡できるようになりました。

また、マラッカ海峡の分離通行方式も間もなく、マレーシアから日本案を採用した分離通行方式の提案が、IMOに提出されます。二〇〇〇年には実行されることと思います。

VLCCのタンカーが中ノ瀬航路を通航できないのと同じように、マラッカ海峡には何カ所も浅瀬があり、細心の注意を払い浅瀬を避けながら航行するのです。また、シンガポール海峡通峡時間調整もあり全速力で航海できないこともあり、海賊に狙われる要因の一つとなっている。シンガポール港の西方に、フイリップチャンネルという水路がありますが、この水路の手前で速力を減速します。また、進路前方に漁労している漁船の群を避けたり、減速した時に、後方より小船が近づき乗り込まれるケースもあります。

シンガポール港を出港したコンテナー船に、海賊数人が出航前に乗り込み、水先案内人が下船した後、船橋を襲ったケースもありました。

現在の日本船社の運航する船舶の大半は船籍が日本ではありません。そして混乗船がほとんどであるため、船用金をドルで持っています。

世界中の船が海賊のターゲットになっている所以だと思います。

 

ただいまお配りしております資料は、一九九一年から九六年までの六年間の世界中の海賊行為のデータです。

IMB(国際海事事務所)が海賊情報センターをマレーシアのクアラルンプールに事務所を設置し、年間の海賊情報を集計し、海事関係機関に提供しています。

昔は、海賊行為の一番多かった国の一つにナイジェリア(西アフリカ)がありました。

私は一九八〇年から八二年の二年間、ラゴス(ナイジェリア)に極東西アフリカ運賃同盟の仕事のため駐在いたしました。約一二〇人程の現地人と一緒に港の仕事をしていましたが、街では泥棒と強盗、港内・港外では海賊とのお付き合いでした。生きて日本に帰れたのが不思議なくらいでした。

また、一九八三年七月から一年間西アフリカ航路のあるたい丸に乗船中に体験したお話を少ししてみたいと思います。

現在の海賊船はスピードボードを使用していますが、当時は、

 

 

 

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