もので、漁業という一つの要因だけで絶滅というのはない、漁業は、ある程度魚がいないと採算が成り立たないわけですから、絶滅にはならないのではないかなという考えであります。
他方、先ほどちょっと出ましたけれども、便宜置籍船とか、あるいは特定の国、例えば中国なんかの安い労働力を使って漁業が無秩序に発展していくようなことになると、これは絶滅かどうかは別として、幾ら国際的に厳しい規制をやっていても、先ほどのちょっと話が出た非加盟国、あるいは便宜置籍船といったことが出てくると、これはまずい。今私が思っているのは、かなり国際的に認識されている問題でありまして、特に先ほどの大西洋まぐろ類保存委員会、ほかの保存委員会で、いわゆる非加盟国、特に便宜置籍船の対策はそれなりにとっているところでございます。
まさに、国連協定の一つの大きなメリットは、そういった問題に対応することであり、国際機関に入るか、またはその措置を守らない限り漁業をやってはいけないという規定があるわけですから、それがなるべく早く一般的な国際法規になることが望ましいのではないかと思っております。
栽培漁業のことは、私よくわかりませんけれども、確かに、マグロのふ化放流といったことは、研究もいっぱい行われているようです。いわゆる栽培漁業と養殖とは若干違うかもしれませんけれども、いずれもそれはそれで重要だと思います。それはそれでやりつつも、それが漁獲にとってかわるのではなくて、自然をうまく使用するバランスの問題だと思うのです。
自然の状況にあるものをうまく使っていくと同時に、可能な範囲でふやしていく、特定のものだけをふやすと、若干私見もありますが、必ずしもいいのかなということもあると思うのです。特に養殖になりますと、養殖は養殖でそれなりに事業として重要ですけれども、純粋に食糧生産だけ考えますと、数字は忘れましたが、例えばタイとかハマチとかを養殖するのに、それの何倍ものイワシとかサバを使う状況もあるわけですから、それがいけないとはいいませんが、うかうか余り大規模にやり過ぎますと、トータルなフードプロダクションの問題、あるいは養殖に起因する問題なんてこともありますので、その辺はやっぱりバランスだと思うのです。
これからは養殖の時代だ、あるいはふ化放流の時代だといっても、自然のものをとるのをやめろということは、私は若干バランスを欠くのではないかなと思います。