現地では、一般市民、ジャーナリスト、政治学者、大使館員、日本海難防止協会シンガポール連絡事務所などに意見を聴いたほか、上述の海洋生物学者のチョウ氏に直接会ったり、3ヶ月経過した油の漂着した島の一つを尋ねたりした。
今回の事故では、一般国民がボランティア活動で清掃作業などを手助けするといった目立った活動をした様子はなかった。シンガポールには約7万人の軍隊のほかに、10万8千人の市民防衛軍(Civil Defense Force)がいるが、その一人のウォン(Wong Kim Jong)氏によると、市民防衛軍として清掃などに派遣された者は30人程度であったという。ただ、事故後に後遺症として環境への影響を心配する有識者グループはいくつかある。その中でシンガポール国立大学の熱帯海洋科学研究所は海中生物への影響を、シンガポール自然協会が渉禽類への影響を懸念して調査を開始している。
シンガポール国立大学の熱帯海洋科学研究所はチョウ(Chou Loke Ming)準教授をリーダーとする研究チームは海事港湾庁(MPA)と共同で海洋とそこに棲む生物への影響調査計画を提案した。事故後すでに6回ほど南方諸島を調査している。チョウ準教授によれば、珊瑚礁は海面より深いので影響は少ないし、魚類も逃げられただろうが、動きの遅いエビやカニ類、海岸近くにすむ貝類はかなりの影響を受けた。
同氏はバイオレメディエーションについても調査を開始していると打ち明けた。
シンガポール自然協会(NSS:Nature Society Singapore)はマラヤ自然協会のシンガポール支部として1954年に設立されたが、1991年に独立した非政府系団体(NGO)である。シンガポールの自然、特に森林やマングローブ林とそこに棲む生物を保護する活動と普及啓発活動を行っている。会員は2,400人を超えている。いくつかの特別委員会を作って、個別の問題に対応している。
10月26日にNSSの保護委員会の海洋監視隊(Marine Police)が汚染海岸を訪れ渡り鳥など野鳥の生息状況などを調査している。委員長のチュー(Ho Hua Chew)博士によれば、この時期よくみかける10種の水辺の鳥のうち5種しか見られずその数も少なかったという。油で汚れた水鳥も何種か(しらさぎ、あおさぎ、こさぎなど)見られた。我々も訪れたハントゥ島では5羽のかわせみ類(Collared Kingfisher)の油によるとみられる死骸が報告されている。調査隊はレクレーション地域の回復という人間中心の清掃作業を効果的と評価しながらも野鳥など(特に希少種や渡り鳥)の生息環境の回復も優先するよう訴えている。また、南方諸島のうちセマカウ島はシンガポール・グリーン計画で取り上げられている19の自然地域のひとつなのでボランティア活動に適しているとして参加呼びかけている。彼らは今後も調査を継続したいとして、自然協会以外からの資金獲得に動いている。
我々がプラウ・ハントゥ島を訪れたのは事故後約3ヶ月経った1月中旬である。―見、回復したように見えるが子細に見ると、砂浜にはまだ小さな油塊が散在し、小貝の死骸が多数見られた。砂浜のはずれの潅木の根元は真つ黒に汚れており、水中植物も枯死していた。礫の多い所は完全に除去されていなくて、手ですこし動かしただけで油分がにじみ出てきた。浅瀬の部分は化学処理剤を散布したせいか泡立ち気味であった。全体の印象としては日本海と異なり、海岸の勾配が緩やかなこと、砂地が多く、岩場が